複眼的な思考の大切さ

「複眼的な思考の大切さ」

今朝の朝日新聞土曜版Beの「悩みのるつぼ」は、回答者が岡田斗司夫さん。再婚して幸せに暮らしている女性が、過去の記憶を消し去りたいという相談です。

岡田さんの回答を読んでいて、スゴイな、と思ったのは、「相談者が書いていないこと」への鋭い気づきです。ぼくらは人に自分のストーリーを語るとき、自分 に都合の良いことだけを選択しています。他人に突かれたら痛いようなことは隠してしまうことが多いです。彼は相談者が隠していることを次々と指摘します。

「じゃあ仕事をやめようか」という迷いは相談文にいっさい書いていません

15年間、結婚生活を送り、2人の子供までいるあなたが、今の夫を見つけた経緯も、書かれてません

このような気付きを得るためには、視点を移動しながら考える必要があるだろうと思います。つまり、相談者自身、元夫、現在の夫、子どもたち、実家の両親、 元夫の両親、職場の同僚、客観的な第三者など、視点を切り替えながら相談者の行動を見つめるわけです。そうして初めてこの人の全体像が見えてくる。全体像 が見えることでアドバイスが明確になるのです。

昨日、福島県への山菜ツアーについて書きましたが、福島で働いているNGOの方から、主催のNPOは葛藤しながら活動しているのだとのご指摘をいただきました。まさに、自分自身の視点の貧困さを実感しました。

あらためて、複眼的な思考の大切さを思います。

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11752830.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11752830

アベノミクスは何もしていない

もうすぐ選挙ですね。選挙の争点の一つはアベノミクスの評価です。
最近、京都大学名誉教授で有名な経済学者である伊藤光晴さんの『アベノミクス批判 四本の矢を折る』を読みました。

読んで驚いたのは、安倍政権発足以降の株価上昇と円安について、安倍・黒田氏は何もしていない、という事実です。第一の矢、第二の矢、第三の矢は幻想でした。

日本の株価は実は野田政権の末期から上昇が始まっており、それはヘッジファンドを初めとする海外の機関投資家がアメリカ、ヨーロッパの市場から主戦場を日本の市場に移したことが最も大きな要因だというのです。

また、円安は財務省による大規模な為替介入によって始まったのであり、日銀の金融緩和の成果ではありません。つまり、第一の矢は効果があったように「見える」だけで、実際には何もしていないのと同じです。

次に、第二の矢は国土強靭化のために10年間で200兆円を投入するという公約です。これは1年間あたり20兆円の予算になりますが、2014年度予算では公共事業は中央と地方を合わせて8兆円規模にすぎず、20兆円が入り込む余地はありません。そして、過去にそうであったように公約は無視されるしかないのです。一言で言うと、第二の矢は存在しなかったのです。

第三の矢である成長戦略については皆さんもご存知の通り、政策として具体化されたものは何もありません。

結局、この2年間に起きたことは、株高、円安、増税、物価高、そして経済成長率の低下です。成長率については次のサイトをご覧ください。2014年は野田政権時代の2012年よりも成長率が低いことが分かります。

http://ecodb.net/country/JP/imf_growth.html

つまり、資産をもつ人々だけが儲かり、もたない人々は増税と物価高に苦しむという構図です。しかも、安倍政権は企業減税をするという。派遣労働者を初めとする不安定雇用をますます増やすという。中小企業は経営者にも従業員にも政策の恩恵はありません。

不況時に政府が歳出を増やし、有効需要を創出するというのはケインズ経済学の常識ですが、現在の政権は有効需要の創出に失敗しているとしか思えません。小泉自民党の依頼の規制緩和で不安定雇用者が増大してしまった今、安定した雇用者を増やす政策をとらなければ彼らが安心して消費し、教育や住宅など自らの未来に投資することはないでしょう。フランクリン・ルーズベルト大統領時代のアメリカは、様々な実験的な政策を行いました。政府自らが様々なプロジェクトを創出し、失業者を雇用しました。このような野心的な計画が今の日本には必要なのではないでしょうか。

それにしても、、、嘆かわしいことは日本の野党の経済音痴ぶりです。もっと経済学者を味方につけて、魅力的な日本経済再建策を提案してほしいと、切に、切に願います。それなしに自民党から政権を奪うことなんてできないよ。

広島市の外国人観光客は英語圏が4割、アジアへの浸透に課題

広島市の外国人観光客は、英語圏からの観光客が4割と、非常に多いことが特徴です。今日、広島市の観光統計を読んでいて気づきました。

2013年の統計ですが、アメリカは103,900人と外国人観光客全体の21.8%を占めて第1位。アメリカからの観光客全体の13%が広島市を訪れて いることになります。第2位は意外にもオーストラリアで59,000人 (12.4%)。オーストラリア人観光客全体の24%に当たります。なんとアジア圏からの1位である台湾からの観光客数32,800人(6.9%)を上 回っています。このほか、イギリス、カナダ、ニュージーランドを合計すると199,500人で、全外国人観光客数53万人の37.6%を占めています。ち なみに、フランス、ドイツも2万人を超えていて、全国統計と比べると多いです。

反対に、アジア圏からの観光客を全国統計と比べてみます。全国では韓国、台湾、中国、香港の4か国・地域で64.9%を占めているのに対し、広島市では同じ地域からの観光客が19.5%と割合にして3分の1以下にすぎません。

全国統計に占める広島市の存在感はどうでしょうか。外国人観光客数は全国で10,363,904人、広島市で530,356人で、5.1%を占めています。人口比1%の都市としては健闘しているといえるかもしれません。

こうしてみると、英語圏の国々では広島に関心を持ってもらうことに成功しているのに対し、アジア圏ではほとんど関心を得ていないという実態が浮かび上がります。

近隣諸国は歴史問題を抱えていてヒロシマのメッセージが素直に伝わりにくいこと、外国語教育が英語に偏っていて広島から多言語での情報発信ができていない ことなどの要因が挙げられます。また、アジア圏から近い観光地としては、九州・沖縄などのライバルがあり、それらを上回る魅力を創り出し、発信することが 必要です。

ヒモという生き方

ぼくが大学生の頃である。つまり1980年代半ばの話だ。ぼくとは別の平和市民団体のメンバーであるI君という友人がいた。ぼくより学年は下だが年齢は一緒だったと思う。ひょろっと背が高く、銀縁メガネで、ぼさぼさ頭だ。彼と同じ団体にMさんという女性メンバーがいた。ぼくより年上で、色は浅黒いが、目鼻立ちのはっきりした美人である。I君は密かにMさんを慕っていた。

ある日、I君が面白い人がいる、といってX氏を紹介し、3人で場末の安酒屋に飲みに行った。X氏は当時30代と思われ、文学オタクらしい、身なりにあまり頓着しない風だが、よくハンチング帽をかぶっていたように記憶する。X氏がトイレに立った時、I君はぼくに耳打ちし、「彼はヒモなんだ」という。自分は仕事をせず、看護師をしている同居人に食べさせてもらっているのである。そんな男が本当にいるんだと、ぼくは非常に驚いた。

このX氏、本当によくしゃべる。彼は西洋のある詩人について研究をしていた。とにかく「想念」が次から次に湧いてきて、それを紙に記録しなければならないのだ、という。最近、ピコワードという低価格のワープロを入手して、それで想念をタイプしていくのが楽しくてたまらないらしい。

ある日、ぼくとI君の共通の友人で、政党の青年組織のメンバーであるF氏を誘って、X氏と飲むことになった。F氏は小柄だが、プライドが高く、弁の立つ男である。なぜ彼を呼ぶことになったのか、全然覚えていない。ともあれ、4人ともよく飲んだ。勘定の段になり、X氏がここは自分が奢るという。F氏は、見ず知らずの人間に金を出してもらうことはできないと、割り勘を主張する。二人が口論になり、とうとう店の外で、X氏がF氏を眼鏡の上から殴ったのである。今から思えば、ヒモにはヒモなりの見栄があり、F氏はそれをくじこうとしてしまったのだ。後日F氏は、なんであんな奴を紹介したんだ、眼鏡の上から殴るなんてとんでもない奴だ、とぼくを非難した。F氏の左頬にはその時の傷が残っていた。

それからしばらく経ったある日、I君が元気なく、しょぼくれていた。聞くと、X氏はそれまで世話になった同居人と別れ、I君が恋い焦がれるMさんと同居を始めたというのである。I君はMさんにX氏を紹介したことを深く後悔し、嘆いていた。

ぼくは当時、10年も一緒に暮らした女性と簡単に別れることができる、というX氏の神経が理解できなかった。そのことをガールフレンド(後の妻)に話すと、女性の方が疲れていたんじゃないの、という。なるほど、と納得した。女性の方が男を手放したがっていた時に都合よく現れたのがMさんだったということか。憧れの人をヒモに盗られたI君が気の毒だった。あれから長い年月が過ぎ、登場人物の4人ともその後の消息を知らない。

ヘレン・フィッシャー博士によれば、恋愛の寿命は3年前後だ。X氏とIさんがその後も現在までパートナーを続けているという図は想像しにくい。であれば、X氏はどのようにして次の女性に乗り換えただろう。その後も乗り換えはうまく行ったのか、それともどこかで誰にも乗り換えられなくなったのか、ヒモを卒業して職業をもったのか、今は何も分からない。分からくて困ることは何もないが、なぜか今日この事件を思い出してしまったので、書いておくことにした。

自分を受け入れること

最近、自己肯2013-06-15-017定感についてあらためて考える機会がありました。
自己肯定とは自分を愛すること。自分を受け入れ、愛するというのは、慣れないうちは実はとても難しい。なぜなら、ぼくらは競争社会の中で、他者より優れていることが善であると教えられてきているからです。こんなに劣っていて、欠点ばかりの自分をどうやって受け入れればいいのか。

自己肯定感って、あるかないかで語られることが多い気がしますが、実は大きいか小さいか、ではないでしょうか。自己肯定感の大きい人、自己肯定感の小さい人、その間にいろんなレベルの自己肯定感を持っている人がいるのだと思います。だから、自分は自己肯定感をもたないと悲観する必要はありません。小さいだけです。

ぼくが人からどう見えているのかは分かりませんが、仕事のこと、生活のこと、人間関係のことなど、日々多くの不安に苛まれています。劣等感をもっているなんて想像できないかもしれませんが、いろんな劣等感だらけです。いつかボロが出て契約打ち切りにならないだろうか、とかね。

キリスト教、浄土真宗など福音主義の宗教を信じる人は自己肯定感を得やすいのではないかと想像します。なぜなら、大きな存在に無条件に愛されている、悪人も救われる、と教えられているからです。ダメダメな自分でも、誰かに愛してもらっているという感覚があれば、自分を受け入れることが容易になります。

宗教的な拠り所のない人は自分自身で自己肯定感を得るしかありません。では、どうすればよいのでしょうか。

一つとても大事なことがあります。それはものの見方を変えることです。

劣等感だらけの自分は、いつも理想や目標の側から自分を見ています。あんな風にハンサムまたは美人だったら良かったのに、あんなにギターが弾けたらいいのに、スポーツで人を出し抜けたらいいのに、仕事ができてお金も稼げたらいいのに。なんで、自分はそうじゃないの? なんで、あの人だけみんなにちやほやされるの? 自分には足りないものばかりだし、ないものねだりと嫉妬心で頭がおかしくなりそうです。

でもね、人は人、自分は自分。他人と自分を比べるからおかしなことになります。

100人の陸上選手がいて試合をすれば、優勝するのは一人だけ。優勝者は、自分を信じて頑張れば必ず結果はついてくる、きっと夢はかなう、と言います。いえいえ、99人は敗者なのです。夢はかなわなかったのですよ。だからといって、99%の人たちが生きる意味を見失う必要なないはずです。それぞれの生きる意味、それぞれの幸せがあります。「世界に一つだけの花」の中で「もともと特別なオンリーワン」と歌われました。99人も一人一人がオンリーワンなのです。そこからは「オンリーワンになりましょう」などという変な言葉は生まれてきません。

自分を受け入れることができれば、幸せは付いてきます。では、どうやって?

まず、目標の側から自分を見ることをやめることです。反対に、自分はいつも目標に向かって成長できる存在なのだと考えましょう。目標を目指す自分は、いつも出発点にいます。何も欠点はありません。たった一歩前に進むだけで進歩なのです。これからどう成長しようかと考え、ワクワクします。

次に、自分がもっているものを心の中で褒めましょう。子どもの頃の楽しい思い出、徒競走ではびりでもマラソン大会では先頭から3分の2くらいになったこと、仕事には遅刻してもデートには遅れずに行ったこと、得意料理を喜ばれたこと、電車の中でお年寄りに声をかけられることなど、できるだけたくさん。ないものねだりをする必要はないのです。自分の中にこんなに素敵なことがすでにあるのだから。

そして、つながりのある人たちに、心の中で感謝しましょう。自分を生み育ててくれた人たち、遊んでくれた友達、勉強やスポーツを教えてくれた人たち、愛してくれた恋人や配偶者、ともに理想を語り合った仲間。感謝の気持ちは、あなたを優しさで満たします。

自分のことが、これまでよりも好きに思えてきませんか。少しだけ幸せな気持ちになってもらえたら嬉しいです。

あるアメリカ人女性の死

大学時代、平和活動を通じて知り合った日本在住のアメリカ人女性Mさんが数日前に亡くなりました。ご主人のブログによると、今朝が愛知県内のカトリック教会で告別式とのこと。

英文のニュースレターを作るのに、山ほどの文章を快く添削してくれました。ぼくの英語を鍛えてくれた方の一人だとあらためて思い起こします。とても明るい性格で、クロッグダンスを踊り、また指導もしていました。その後結婚されたご主人は日本人で、大学の先生。その方の文章(英文)を読むと、彼がどれほどMさんを大切に思っていたかが分かります。彼女は家族に、本当にたくさんの幸せを与えていたのだろうと想像します。

7年前に患った乳ガンが昨年再発し、今年それが脳に転移して、手の施しようがない状態になったのだそうです。

Mさんが、信仰する神様のそばで、安らかに過ごされることを願います。

思えば、今年は人の生き死にについて深く考えざるを得ない年でした。春に父が肺ガンにかかり、年を越せないだろうと聞きました。そして秋に父が亡くなりました。お会いしたことのある被爆者の方も3人が亡くなりました。高橋昭博さん、河合護郎さん、そして中沢啓治さん。平和活動を一緒にした山田忠文さん。そして、Mさん。

自分自身がこれからの人生をどう生きるのか、そしてどう死ぬのか。一日一日が悔いのないように生きたいと、あらためて考えています。

生きることはそもそも苦である

ブッダの教えの基本中の基本。
「生きることはそもそも苦である」
てことは、楽がずっと続くなんてことはあり得ないわけで、苦の中に楽が時々あるのが普通ってことだよね。
ぼくの人生、はために見たら楽しそうに見えるかもしれないけど、試練の連続さ。

今は、職場を守るために、時間と資源の制約の中で新製品を作ることが課題。そうした中にも、「マーフィーの法則」は次々と襲ってくる。今日は、前任者の残したトラブル収束のため、3回目の訪問打合せ。なんとか、お客さまの怒りを静めて信頼回復ができて一安心。その分、苦労をかける同僚には多謝、である。

最近は、密度濃く考えなければいけない状況なんだけど、今日思ったのは、お金もないのに人を巻き込むにはビジョンが必要だということ。これを作ること、これを普及させることによって、社会をどのように変えるのか。会社の金儲けのためだけなら、社外の人に協力を仰ぐことはできないだろう。

ビジョンをきちんと言葉にする、そして分かりやすい図にして説明できるようにする。こんなことが大事ではないかな、と考えている

逝きし日の面影

今、読んでいる本は渡辺京二著『逝きし日の面影』(平凡社ライブラリー)です。江戸時代の日本という一つの文明を、幕末から明治初期に外国人が残した著作を元に再構築する試みです。

彼らが出会った日本人は、誰にでも親切で、客にも仲間にも礼儀正しく、しょっちゅう冗談を言って笑い合い、心からの笑顔を見せる人たちでした。そのような国は世界のどこにも例がないこと、こうした素晴らしい特性が明治になって急速に消えていったことを、彼らは書き残しています。

ぼくは、高校生の頃まで、歴史というのは直線的に進歩するものだ、江戸時代は農民が抑圧された暗黒時代だった、と思っていました。大学に入って、別の色んな知見にふれるようになると、疑問が起こりました。習ったことは本当か?
NHKの名番組『お江戸でござる』は江戸時代の庶民の生活を描き出し、秀逸でした。今は亡き漫画家の杉浦日向子さんが、江戸の習俗について楽しい解説を行い、毎回楽しみに見ていたことを思い出します(杉浦さんの新作が出ないことを思うと、とても残念です)。

現在では、明治期になって歪められた日本人の価値観に大きな疑問を感じるようになりました。例えば、男尊女卑は明治になって武家社会的な価値観を政府が国民全体に広げたものですが、今では日本の伝統的価値観と考えられています。そもそも、江戸時代の庶民は結婚と離婚を日常的に行っていて、妻が夫に一方的に服従するなどと云うことはむしろ少なかったと思われます。
「三行半」(みくだりはん)という言葉は、現在では夫が妻を強制的に離縁する時に使われますが、江戸時代の使われ方はその反対で、夫婦が結婚するときに、役所が夫に書かせて妻にもたせた書状です。そこには、「私は妻を離縁したので、今後一切元妻に対する権利主張を行いません」という意味のことが書かれています。つまり、妻はいつでも好きなときに夫と離婚できたというわけです。現在のシステムよりよほど進んでいます。

悲観的な人にどう声をかける?

物事に対して前向きになれず、絶えず悲観的な考え方をしてしまう人に、どのように声をかけたらいいのだろうか。
 自分の経験では、悲観的なときは、数多くの「べき」に囲まれて身動きがとれなくなっている。あれをしろ、これをするな、規則を守れ、決定事項に従え、といった「何々すべき」の通りに行動できず、できない自分を責めるのだ。
 楽観的・前向きのときは、「べき」のことはほとんど頭にない。あれがしたい、これがしたい、こうしたら面白いんじゃないか、とワクワクしている。今は、ぼく自身は(なんとか)前向きの状態を保っている。
 では、後ろ向きな人にどう云えばいいのか。一つ分かっていることは、叱ってもダメだということ。ぼく自身、自分の欠点を直せといわれて元気になったことなどない。まして、会議の場でそれを云われるのは辛い。ますます、自分はダメなんだと思ってしまう。
 あなたならどう云う?

アイディアを生み出すために

大学2年の頃、広島大学総合科学部初代学部長で、当時県立広島女子大学学長だった今堀誠二先生(故人)に、総合科学部創設のいきさつと理念についてインタビューしたことがある。総合科学部報『飛翔』に2回に分けて連載記事を掲載した。
 今堀先生は、アメリカのリベラルアーツをモデルとし、複数の分野を専攻することにより新しいアイディアや発見を生み出す人材を育成することを目的としていらした。現実の総合科学部がそのように機能していたかどうかは別として、そうした理念の下に創設された学部に在籍することを誇りに思ったものだ。

 発見というのは、多くの場合、ある物事を別の視点から見ることによって生まれる。一つの専門だけを掘り下げていくだけでは、新しい視点がないので発見は難しい。
 だから、アイディアを生み出すためには、学ばなければならない。一つでなく、複数の事柄を学ぶ必要がある。
 アイディアが生まれるためには、リラックスしなければならない。緊張状態に置かれているときにはアイディアが生まれることはない。追いつめられた人は頭が真っ白になるだけだ。
 そして、アイディアを生み出す人は、学ぶことを楽しむ人だ。それは人生を楽しむことでもある。アイディア豊かな人は文化の遊びを知っている。