原爆を伝えること

これはHIPのメンバーからいただいたメールへの返事として書いたものです。

アメリカ人に原爆の話を聞いてもらうのがむずかしいとのこと、その通りだと思います。だれだって自分の国を悪く云われるのはいやなものです。日本にだって過去の過ちを認めない人々がたくさんいます。自分の弱さを受け入れられない多くの若い人たちが「自由主義史観」という「正義の戦争」論に呑み込まれてしまっています。

自分たちは偉い、ナンバーワンだ、と思うことは心地よいものです。また、良いことはしたが、悪いことなどしていない、というのも同じことですね。自分が属する国、地域、企業(夫の職場も)など自分の属性の優越性を自尊心の基盤にしている人は多いです。本当の意味で自分自身を尊敬できないからですね。そのような自尊心はとてももろいものです。そのような弱い自尊心をくすぐることで大衆を組織していったのがナチズムや日本軍国主義だと思います。

だれでも多かれ少なかれ、そういった弱さの芽をもっていると思います。しかし、自分が自分であることを喜びとし、心の底から自分を尊重し、深く愛することが大事だと思うのです。そうすれば、自尊心を周りの属性に依存することなど必要なくなります。

話をアメリカの人たちのことに戻します。まず必要なことは、次の立場を明らかにすることだと思います。「あなた方の過ちを追及しにきたのではない。私たち人類の未来について語りにきたのだ」ということです。次に、日本人に対する偏見を持っていたり、何も知らない人は少なからずいますから、日本人がどのような家に住み、どんな仕事をし、何を食べ、どんな音楽を聴くか、など日本の文化について説明し、同じ人間だということを理解してもらうことではないでしょうか。これで全ての人が納得するとは思いません。一人でも二人でも耳を傾けてくれる人をみつけることが大事だと思います。

1987年に初めて韓国に行ったとき、日本の植民地支配に対する抵抗運動「三・一運動」発祥の地、ソウルのパゴダ公園に行きました。その公園には日本支配に抵抗する様々な運動の場面を銅板のレリーフに刻んで展示してあります。それらの前に行ったとき、伝統的な黒白の民族衣装を身にまとった白ひげの老人が「ここに何が描いてあるか分かるか」と流暢な日本語で問いかけてきました。もちろん、事前に勉強しており、大体のことは知っていましたので、敵対的な会話にならずにすみました。でも、もし、自分が何も知らず、一方的に自分の国の過去を責められたとしたら、逆にとても防御的(protective)になり、反論を探すために勉強したかもしれません。

さて、金儲けと無縁な活動をなぜ熱心にするか、という質問をいただきました。一言でいえば、それが「好きだから」です。若い頃は名誉欲や権力欲も理由の中に入っていたかもしれません。

なぜ好きか、ということを掘り下げると、次のような理由に思い当たります。美しい魂に出会えること、人の役に立つのが嬉しいこと、笑顔を見るのが楽しいこと、などです。

HIPのメンバーには、英語のスキルアップのためにHIPの活動に参加したい人より、HIPの活動がしたいから英語のスキルアップをしたい人が多いと感じています。これはとても素晴らしいことです。本当にやさしく、謙虚で、かつ行動力のある人も何人かいます。HIPはとりわけそれらの人たちに支えてもらっていると思います。

最後に、ぼくが「悲観的でない」理由です。昔から楽観的な人間だったわけではありません。いろんな経験を通して、そう考えられるようになってきました。世の中を変えるために自分ができることは小さなことです。だから、目に見える効果や結果を期待してはいません。

この世の中で変わらないものは何一つありません。唯一変わらないものは、世界が変わり続けるということです。カエサルの時代にローマ帝国が滅びることを想像した人はいないでしょう。江戸時代の中頃に生きた人は徳川幕府が終わることなど考えたこともないでしょう。ぼく自身、ソ連が崩壊することなど全く予想できませんでした。でも、変わりましたよね。

だから、核兵器がなくせないということはありません。現在、米ロが保有している核弾頭だって、10年とか20年という時間が過ぎれば多くの割合が経年変化で使えなくなってしまいます。新しく作りさえしなければ、自然と減っていくのです。

そして、希望の芽はたくさんあります。それぞれに小さい芽かもしれません。でも、それらが大きな底流となってやがては世界を変えていくことになると思うのです。

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