父と母のこと

夫婦がずっと一緒にいるというのは、不思議な巡り合わせだと思う。

父は一本気で、短気な男で、母を紹介される前に2回も離婚している。2回目の離婚の理由は、家族の将来を考えて貯蓄をしようと妻に切り出されたことに腹を立てたのだという。そんな当たり前のことが許せないなんてどうかしていると思うが、まあ仕方ない。若い頃は目元の涼しいハンサムガイだったので、3回も結婚ができたのだろう。ちなみに、ぼくも弟も父にはあまり似ていない。

母は口数が少なく、我慢強く、呑気な田舎の女だ。父は、兄弟で集まって酒を飲むと、決まって「おるげん(うちの)女房は世界一」と言っていたのだと、従姉妹から聞いたことがある。ここで、夫に愛された幸せな妻を想像するのは実は間違っている。ぼくと弟が小さかった頃父ははほとんど家を空けていて、そのことが不満だったと二人で話していた時母から聞いた。口うるさく、亭主関白な父にとっては、おとなしく、我慢強い母は都合が良かったのだ。

22年前の暮れ、母がくも膜下出血で倒れると、父は病院でずっと母に付ききりで看病した。同室の男性患者の妻たちから、母は羨ましがられたという。退院後、体の自由のきかない母は父に甘えるようになったそうだ。元気だった頃にできなかったことを、取り戻そうとしていたのかもしれない。寝たきりの老人を自宅介護するというのは、自分自身老人であった父には体力的に負担が重く、母は特別養護老人ホームに移った。今から15年ほど前のことだ。今は父も別の老人ホームで暮らしている。

父はロシア革命の2年後に生まれているのでもう93歳。3回結婚したが、最後の妻とは添い遂げたと言えるだろう。

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