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	<title>被爆・核兵器廃絶 &#8211; 侏儒の想ひ</title>
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	<description>Thoughts of a Humble Man</description>
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		<title>豊永恵三郎さんと在外被爆者支援活動</title>
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		<pubDate>Sat, 16 Jun 2012 09:00:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[6月16日（土）、平和のためのヒロシマ通訳者グループ（HIP）の例会でした。講師は被爆者で韓国の原爆被害者を支援する会・広島支部代表の豊永恵三郎さん。1971年から韓国在住の被爆者の支援活動に取り組んでこられました。 ま ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/901"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/06/2012-06-16-005.jpg"><img loading="lazy" class="alignright size-medium wp-image-902" title="豊永恵三郎さん" src="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/06/2012-06-16-005-300x169.jpg?resize=300%2C169" alt="豊永恵三郎さん" width="300" height="169" data-recalc-dims="1" /></a>6月16日（土）、平和のためのヒロシマ通訳者グループ（HIP）の例会でした。講師は被爆者で韓国の原爆被害者を支援する会・広島支部代表の豊永恵三郎さん。1971年から韓国在住の被爆者の支援活動に取り組んでこられました。<br />
まず、この問題に関心をもったきっかけです。小中学校時代、周囲に韓国朝鮮人の生徒が多かったそうです。また、教員になってからクラスに多くの韓国朝鮮人生徒がいて、彼らのほぼ全員が本名ではなく通名で通っていることを知り、在日朝鮮・韓国人差別をなくす活動を同和教育の中で取り組むようになったそうです。<br />
1971年、このような活動が評価され、韓国政府から9人の日本人教員が招請された時、日程が空いていた日に韓国原爆被爆者援護協会を訪問したそうです。軍事政権の下、社会運動が許されるような状況ではない韓国で、被爆者たちは細々と活動していたということです。彼らは、日本の被爆者が得ていたような医療費無料化や健康管理手当などの援護を全くもっていないのでした。<br />
帰国後、大阪で結成された韓国の原爆被害者を支援する会の広島支部を立ち上げ、数多くの在韓・在米・在ブラジル被爆者の訴訟を支援してこられました。こうした在外被爆者は、最初全く援護を受けられませんでした。　しかし、これらの裁判を通じて、次のように一歩ずつ権利を勝ち取って来たのです。</p>
<p>・被爆者手帳の日本国内での申請・交付<br />
・被爆者手帳が国外に出ても有効になった<br />
・被爆者手帳を居住国からの申請<br />
・各種健康手当の居住国での受け取り<br />
・各種健康手当の居住国からの申請<br />
等々</p>
<p>地道な取り組みを、息長く続けてこられた豊永さんに拍手を送りたいと思います。</p>
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		<title>被爆者沼田鈴子さんをモデルにした映画</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 18 Apr 2012 14:33:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[昨年亡くなった被爆証言者沼田鈴子さんをモデルにした映画製作の動きを伝える、4月18日付の中国新聞記事です。中心人物の中村里美さんは二十数年前からの友人です。全文を引用します。 《平和記念公園の被爆アオギリの下で証言を続け ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/871"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>昨年亡くなった被爆証言者沼田鈴子さんをモデルにした映画製作の動きを伝える、4月18日付の中国新聞記事です。中心人物の中村里美さんは二十数年前からの友人です。全文を引用します。</p>
<p>《平和記念公園の被爆アオギリの下で証言を続け、昨年7月に87歳で亡くなっ<a href="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/04/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpg"><img loading="lazy" class="alignright size-medium wp-image-872" title="沼田鈴子さんモデルに映画" src="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/04/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-118x300.jpg?resize=118%2C300" alt="沼田鈴子さんモデルに映画" width="118" height="300" data-recalc-dims="1" /></a>た沼田鈴子さんをモデルにした映画の製作準備が進んでいる。進行のあった関係者たちが企画。平和の尊さを訴え続けた沼田さんの医師を受け継ぐ。<br />
タイトルは「アオギリにたくして」。沼田さんと二十数年前からの知人のシンガー・ソングライター中村里美さん(48)=東京都町田市=が映画化を仲間に呼びかけた。中村さんは同名の曲を作り、自らのライブで沼田さんの体験を語っている。<br />
沼田さんは原爆で崩壊した建物の下敷きになり左足を失った。惨禍を生き抜いたアオギリの姿に希望を見つけ、証言活動に取り入れた。被爆アオギリ2世、3世を世界に送る運動にも力を注いだ。沼田さんは亡くなる直前まで「生きて伝えなくちゃ」と自らを奮い立たせていたという。中村さんは、沼田さんをモデルに平和を願い続ける被爆者の姿を描く。<br />
映画監督の市川徹さん(63)=横浜市=が中村さんの趣旨に共鳴し、監督を引き受けた。今月初めに製作委員会を結成した。脚本の内容やキャストの選考を進め、来年夏の全国上映を目指す。<br />
「被爆者の高齢化が進み、体験のない世代が伝えていく使命がある。若い人に見てほしい」と中村さん。市川さんは「絶望にあっても、再び立ち上がることができる人間の姿を描きたい」と話している。（野田華奈子）》</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>国重昌弘さんの被爆体験</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Mar 2012 13:23:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[今日は、仕事の合間を縫って、HIPの例会で司会を担当しました。 ゲストスピーカーは、被爆者の国重昌弘さん。被爆当時は広島県立第二中学校2年生の14歳。HIPスタッフの荒谷さんと同級生でした。 8月6日の朝、二中2年生全6 ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/858"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今日は、仕事の合間を縫って、HIPの例会で司会を担当しました。</p>
<p>ゲストスピーカーは、被爆者の国重昌弘さん。被爆当時は広島県立第二中学校2年生の14歳。HIPスタッフの荒谷さんと同級生でした。</p>
<p><a href="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/03/2012-03-17-026.jpg"><img loading="lazy" src="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/03/2012-03-17-026-540x405.jpg?resize=540%2C405" alt="国重昌弘さん" title="国重昌弘さん" width="540" height="405" class="aligncenter size-large wp-image-859" data-recalc-dims="1" /></a><br />
8月6日の朝、二中2年生全6クラスは広島駅北側の東練兵場で、サツマイモ畑の草取り作業に動員されていました。整列して先生の指示を聞いているとき、米軍の爆撃機B29が落とした2～3個のキラキラしたものを見ていたと思ったら気を失ったそうです。原爆の熱線に焼かれ、爆風に吹き飛ばされたものと思われます。</p>
<p>上半身裸で顔と腕にひどい火傷を負った国重さんはすぐに動くことができず、午後2時頃になってやっと仲間4人と一緒に牛田、三滝方面を通って西広島駅まで歩いて避難したとのこと。たまたま重傷者を乗せたトラックを見つけ、こっそり乗り込んで、自宅のある廿日市で飛び降りたそうです。</p>
<p>午後6時頃自宅に帰り着き、両親の顔を見たとたん、安心して涙が溢れました。両親はすぐに昌弘さんの火傷の手当を始めました。手当といっても手荒なもので、お母さんが昌弘さんを押さえつけ、お父さんがピンセットで顔や腕の火傷した皮膚を全部はぎ取るというものでした。麻酔があるわけでもなく、痛くて泣き叫びました。それから毎日、1日5回、ベビーパウダーとひまし油を混ぜた薬を火傷の傷口に塗ってもらう治療を続け、40～50日後に回復したということでした。しかし、この手荒な治療のおかげで、顔に火傷の跡は残らず、きれいな肌をされています。なお、避難時に市内を通らず、黒い雨にも当たらなかったので、放射線被曝が少なかったと思われ、そのおかげで現在まで健康に暮らしているということです。</p>
<p>荒谷さんがおっしゃるには、国重さんは真面目で早く東練兵場に着き、衣服を脱いで準備を整えていたためにひどい火傷を負ったが、自分は時間ぎりぎりに着いて着衣のままだったので火傷が軽くて済んだのだそうです。</p>
<p>同じ場所、同じ時間に被爆しても、これだけ被害に違いがあることを思うと、被爆体験はいくら聞いても全てを知ったことにはならないのだと、あらためて気づかされます。</p>
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		<title>イギリスで核問題フェスティバル</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 12 Jan 2012 14:23:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[イギリスの劇団トライシクル・シアター（三輪車劇場）が、2012年2月9日から4月1日まで、核問題フェスティバルを開催する。内容は、核爆弾に関する芝居、映画祭、トークショー、討論会、展示会というもの。 芝居のタイトルは「ザ ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/844"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>イギリスの劇団トライシクル・シアター（三輪車劇場）が、2012年2月9日から4月1日まで、核問題フェスティバルを開催する。内容は、核爆弾に関する芝居、映画祭、トークショー、討論会、展示会というもの。</p>
<p>芝居のタイトルは「ザ・ボム（爆弾）」。第一部「最初の爆発ー拡散（5つの短い芝居）」、第二部「現在の危険（5つの短い芝居）」とから構成される。</p>
<p>上映される映画はアニメ「はだしのゲン」、「博士の異常な愛情」、「二十四時間の情事（ヒロシマ・モナムール）」、「アトミック・カフェ」など12作品。</p>
<p>たまたま、HIPに送られてきたE-mailでこのイベントについて初めて知ったのだが、核兵器の問題に正面から取り組む文化的な企画がイギリスで取り組まれることが興味深い。</p>
<p><a href="http://www.tricycle.co.uk/festivals/the-tricycle-goes-nuclear/" target="_blank">http://www.tricycle.co.uk/festivals/the-tricycle-goes-nuclear/</a></p>
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		<title>核文明に滅びるわけにはいかない－湯浅一郎</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 02 Apr 2011 02:59:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[ピースデポ代表で、元ピースリンク広島・呉・岩国世話人の湯浅一郎さんが韓国の市民団体に送られたメッセージを転載します。 核文明への警鐘 / 東日本大震災・福島第１原発事故　～核文明に滅びるわけにはいかない～ 湯浅一郎（ピー ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/675"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ピースデポ代表で、元ピースリンク広島・呉・岩国世話人の湯浅一郎さんが韓国の市民団体に送られたメッセージを転載します。</p>
<p><strong>核文明への警鐘 / 東日本大震災・福島第１原発事故　～核文明に滅びるわけにはいかない～</strong></p>
<p>湯浅一郎（ピースデポ代表）</p>
<p>韓国の皆さまが、日本での災害に想いをはせ、支援活動を始めることを知り、心から感謝し、お礼いたします。本当にありがとうございます。</p>
<p>　２０１１年３月１１日、私たちは、未曽有の経験をしました。午後２時４５分頃、東北地方の宮城県沖１３０ｋｍの海底２４kmを震源としてマグニチュード９の大地震が発生しました。断層面は、東西２００ｋｍ、南北５００ｋｍに渡り、大津波が多くの市民の生命と生活の場を奪いました。津波の被災地では、広島・長崎の被災跡かと思わんばかりの光景が、海辺のいくつもの町に広がりました。今日現在、死亡・行方不明者は計約２万７千人、避難所などにいる方は約２５万人に及び、救援活動が必至に続けられています。</p>
<p>　今回の地震災害に関わって最も深刻なことは、東京電力福島第１原発で、原子炉内での燃料棒の一部溶融、水素爆発、使用済み核燃料保管プール発熱など、冷却に関わる事故が相次ぎ、原発で最悪の事故と言われる炉心溶融の寸前まで行き、相当量の放射性物質が環境中に放出され、今も終息していないことです。<br />
<span id="more-675"></span><br />
　地震と同時に運転そのものは停止しましたが、最高５ｍの津波を想定して設計された施設に１０ｍを超す津波が押し寄せ、冷却系統の非常用機器類が消失しました。そのため、原子炉や使用済み核燃料保管プールにある膨大な核分裂生成物（死の灰）の崩壊熱への対処ができなくなったのです。そこから６基の原子炉との泥沼の格闘が始まりました。半径２０ｋｍ圏内には避難勧告が出され、今も続いています。まず１２日、１号機、１３日、３号機で燃料棒の露出と水素爆発が相次ぎました。両者ともホ―酸を加え、海水注入でとりあえず危機は脱しました。１４日には２号機で燃料棒が完全に露出したまま、半日以上、空焚きとなり、炉心溶融寸前の状況になりました。このとき、担当職員の脳裏には、チェルノブイリ原発事故の悪夢がかすめたはずです。やがて下部の圧力抑制室に欠損が見つかり、応急処置を施してその場をしのぎました。更に３号機、４号機の使用済み核燃料保管プールでも燃料が露出する事態になります。構内は放射能汚染が激しく、作業が難航する中、大型ヘリや地上からの放水でしのぐ状況でした。こうして１１日から２０日すぎまで、次々起こる深刻な事態へ後手後手に対処しながら、時間稼ぎをするのが精一杯でした。事故から約２週間を経て崩壊熱はかなり低減していますが、深刻な事態が続き、長期化は避けられない状況です。業務とは言え、作業に当たる労働者の命がけの行動に心からの敬意と感謝を表明します。</p>
<p>　事故当時、福島第１原発にどれだけの核分裂生成物（以下「死の灰」）が存在していたのかは明らかにされていません。１００万ｋｗ原発を１年間稼働すると１トンの「死の灰」ができます。福島第１原発は、６基の原子炉で電気出力４７０万ｋｗなので、仮に１年稼働分の使用済み燃料があるとすれば４、７トンの「死の灰」が存在していたことになります。これは、広島型原爆が出す死の灰の４７００発分です。その一部が、すでに環境中に放出され、大気や海洋を移動し、福島県はもとより、東日本周辺、ひいては北半球を中心に地球規模で大気・海洋系を循環しているわけです。生物の食物連鎖過程では、順次、濃縮されていきます。実際、関東地方も含めて大気や野菜、水道水、一部の海水からも放射性ヨ―素やセシウムと言った核物質が検出されています。これらから、原発事故としての深刻度は、スリーマイル原発事故のレベル５を超え、レベル６とされています。</p>
<p>　私たちは、改めて核兵器や原発により作りだされる放射性物質による人体や生物への影響の大きさを思い知らされています。放射性物質の拡散が地球規模で問題になった例としては、ビキニ環礁での第５福竜丸の被災に象徴される１９５０年代の米ソを中心とした大気圏内核実験、及び１９８６年のチェルノブイリ原発事故による放射能汚染があります。これに今回の福島原発事故が加わりました。</p>
<p>　今こそ、人類史における地球規模の放射能汚染の実態をふまえつつ、福島原発の事故が訴えていることを熟考すべきです。開けてはならないパンドラの箱の脅威を直視すべきです。福島事故を耐震対策の不備で片づけてはなりません。２号機が完全に空だきになった時の悪夢を決して忘れてはなりません。制御不能になった時、美しい風景を残しつつ、生物を抹殺していく物質群を扱うことの是非をこそ問うべきです。都会を中心とした、華やかな生活で使う電気は、過疎地で膨大な「死の灰」を産み出しながら作られており、都市での繁栄は、「事故は起こらないはずだ」という過信と仮構の上に成り立っているのです。</p>
<p>「便利で豊かな暮らし」のために、放射性物質を大量に産み出すことと引きかえに発電をし、敵に対して抑止力となるという名目で核兵器が作られる。ともに、安全、安心を得ようとしての行為かもしれませんが、実際は、全く逆に安全・安心を脅かしています。安全・安心を確保したいのであれば、仮に事故になった時、潜在的危険性が高い技術を選ぶべきではありません。また仮に、事故が起きなくても、半永久的に管理せねばならない「死の灰」を大量に生産し、その管理をずっと先の世代に押しつけることは無責任な刹那主義であり、世代を超えた利己主義です。現世代が快適な生活をするために、生存にかかわる危険を冒してでも、この技術と心中する道を、私たちは選び続けるのでしょうか。</p>
<p>　今、韓国もそうですが、世界は、「原子力ルネッサンス」に浮かれ、国家としての経済的利益のために、原発の輸出競争に興じています。温暖化ガスを出さないクリーンなエネルギー源と宣伝されますが、今回の事故は、その嘘と愚かさを事実で証明しました。</p>
<p>　また核軍縮の道具としてのＮＰＴ核不拡散条約の１つの柱である「平和利用の権利」は、手放しで評価できるものでないことが示されたことで、「核兵器のない世界」をめざす上で、ＮＰＴ体制そのもののあり方が問われています。</p>
<p>　地球は、宇宙のオアシス中のオアシスです。銀河系にある１０００億の太陽系の中で知的生命体を宿す惑星を持つものは、さほど多くないはずです。惑星と太陽との距離、その大きさなどの物理的条件と、４６億年という気の遠くなる悠久の時間の経過、その壮大な一連の歴史過程が生み出した、ある種の結晶が、人類を含めた地球上に生きる生物群集です。そのすばらしき存在としての人類が、自らの欲望のためには、自らの生存基盤を脅かしてもいいという愚行を繰り返すことは早々に中止すべきです。</p>
<p>　核の技術は、軍事、平和利用の如何に関係なく、生物の論理の対極にあります。福島原発の大事故は、一刻も早く核文明から脱却すべきだという人類に対する警鐘です。被災した多くの市民の救援と生活の再建にできるだけの協力をしつつ、科学技術に依存し過ぎた虚構としての社会を、一次産業の復権を含めて自立、自給自足を基調としたものへと変えていかねばなりません。核文明から脱却し、仮構の下での繁栄でない、地に足が着いた世界をつくるために、韓国をはじめ世界の皆さんとともに、歩みたいと思います。</p>
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		<title>被爆者にそのことを聞きますか？</title>
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		<pubDate>Wed, 23 Mar 2011 15:18:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[この記事はTwitterの投稿に対するコメントとして書きましたが、その後投稿者ご本人とメッセージのやりとりをする中で私の誤解があったことが分かりました。私の拙速な対応をお詫びします。 今日、あるツイートを読んで、驚いた。 ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/661"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color:#990000">この記事はTwitterの投稿に対するコメントとして書きましたが、その後投稿者ご本人とメッセージのやりとりをする中で私の誤解があったことが分かりました。私の拙速な対応をお詫びします。</span></p>
<p>今日、あるツイートを読んで、驚いた。ニューヨーク在住の日本人の方が書かれたものだ。<br />
『米国人友人が被爆者たちに2時間にも及ぶ取材を行ったのだけど、被爆体験と共に質問されたこと。「日本は被爆国なのに、原子力発電所を58基ありますね。どうして作ったですか？」なぜ？』</p>
<p>日本に原子力発電所を作った責任が、まるで被爆者にあるかのような問いかけである。被爆者にそれを聞くのはあまりにも酷ではなかろうか。理由や論点はいくつもある。</p>
<ol>
<li>原発政策を推進したのは日本政府、電力会社、関連企業であって、被爆者ではない。</li>
<li>被爆者は原爆症を抱えて病弱な人が多く、経済的にも、政治的にも弱者であった。</li>
<li>1979年のスリーマイル島事故まで、日本では一般に原子力の平和利用は安全と考えられていた。被爆者も同様。</li>
<li>国民一般で、保守対革新では保守が多かったように、被爆者も保守の人が多かった。</li>
<li>被爆者援護と核兵器廃絶の運動だけでもなかなか前進しないのに、それ以外の運動に取り組む余力はなかった。</li>
<li>日本人が原発立地を許してきたように、アメリカ人も許してきたのではないか。</li>
<li>アメリカでは核実験で多くの深刻な被曝者を生み出してきたが、彼らが核兵器の生産や実験を止めることができたのか？</li>
<li>つまり、最初の問いを発する資格が当のアメリカ人にあるのだろうか？</li>
</ol>
]]></content:encoded>
					
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		<title>海外でボランティアしませんか？～NAC(ナック) が草の根平和大使を募集</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 14:46:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[アメリカに3カ月間滞在して日本の文化と原爆被爆体験をアメリカの若者たちに伝えるネバーアゲインキャンペーン（略称NAC・ナック）が第10期生のボランティアを募集しています。今年8月に広島と長崎で研修をつみ、トレーニングを経 ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/513"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>アメリカに3カ月間滞在して日本の文化と原爆被爆体験をアメリカの若者たちに伝えるネバーアゲインキャンペーン（略称NAC・ナック）が第10期生のボランティアを募集しています。今年8月に広島と長崎で研修をつみ、トレーニングを経て、2011年にボランティアとして派遣されます。応募締切は3月5日です。</p>
<p><strong>海外でボランティアしませんか？～NAC(ナック) が草の根平和大使を募集</strong></p>
<p>日本の文化と原爆被爆の体験をアメリカの若者達に語り伝える、ネバーアゲインキャンペーン（略称NAC・ナック）が創設25周年を迎え、今春、第10期生のボランティアを募集します。</p>
<p>同キャンペーンは、アメリカ、マサチューセッツ州で教鞭を執るドナルド・レイスロップ教授（平和学）らが、1985年に提唱したもので、3ヶ月にわたり、アメリカ各地の学校や教会などで、日本文化紹介を兼ねた、原爆映画の上映会を行います。渡航費や保険料等は自己負担ですが、現地の受け入れボランティアらが食事及び住居を提供します。<br />
<span id="more-513"></span><br />
応募資格の制限は特にありませんが、自分の意思疎通が可能なだけの「基礎的英会話能力」が必要です。選出されたボランティアは2010年8月5日から8日まで広島と長崎で実施される合宿に参加の後、2011年1月もしくは2011年9月の出発まで通信トレーニングを受け、研修を積みます。</p>
<p>応募希望者は、ホームページ (<a href="http://nac.junyx.net/" target="_blank">http://nac.junyx.net/</a>) に掲載されている募集要項をご覧の上、</p>
<p>1.履歴書（写真付）1通<br />
2.志望動機書（日本語、英語）それぞれ１通<br />
※日本語は1000字程度のもの。英文は日本文とほぼ同内容のもの、</p>
<p>を2010年3月5日（金）までにメールにてNAC事務局に送信してください。</p>
<p>書類審査の上、2010年3月下旬来日予定のレイスロップ教授夫妻と、日本側事務局が、全国6ヶ所（東京、名古屋、大阪、広島、福岡、長崎）で面接を行い、5名程度を選出します。各面接会場ではキャンペーンの詳しい説明会を行います。</p>
<p>■　応募及び問い合わせ先</p>
<p>ネバーアゲインキャンペーン・NAC（ナック）事務局<br />
ホームページ： <a href="http://nac.junyx.net/" target="_blank">http://nac.junyx.net/</a></p>
<p>※お問い合わせの際は、お住まいの都道府県を明記してください。</p>
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		<title>湯崎稔先生と湯崎秀彦氏</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 10 Nov 2009 12:55:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>
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					<description><![CDATA[広島県の県知事選で初当選した湯崎秀彦氏（44）が、広島大学総合科学部の元教授で53歳で夭折された湯崎稔先生の息子さんだと知ったのは、今日の夜、朝日新聞の広島版を読んだ時だった。しかも、その記事を最初に見つけたのは妻だった ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/essey/471"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>広島県の県知事選で初当選した湯崎秀彦氏（44）が、広島大学総合科学部の元教授で53歳で夭折された湯崎稔先生の息子さんだと知ったのは、今日の夜、朝日新聞の広島版を読んだ時だった。しかも、その記事を最初に見つけたのは妻だった。大学時代、身近にいらした先生の息子さんだと知り、一挙に親近感が増した。お会いする機会はないだろうけど (^_^;)</p>
<p>湯崎先生のことについては、愛弟子であった児玉克哉さん（三重大学人文学部教授）のブログに詳しいのでぜひ読んでほしい。</p>
<blockquote><p>湯崎先生は、もともとは家族社会学の専門家。家族の絆、社会の絆に焦点を当て、その社会における役割を研究されていました。湯崎先生は、広島大学の原爆放射能医学研究所（原医研）に勤め、社会学の立場から被爆者問題の研究に携わりました。なんといっても、湯崎教授の業績の筆頭は、爆心地復元運動です。 NHKとも共同して、原爆で完全に破壊された爆心地に誰が住んでいて、何をしていたのかを復元するという大プロジェクトです。<br />
<a href="http://blog.livedoor.jp/cdim/archives/51910548.html" target="_blank">湯崎稔教授のメッセージ</a>より</p></blockquote>
<p>そもそも、児玉さんはぼくを市民平和活動の世界に引っ張り込んだ張本人でもある。大学1年生だったぼくは、10フィート若者の会という平和運動グループに参加した。そこには、リーダーである児玉さんをはじめ、多くの面白い青年男女が集っていた。そのグループは後に、南北ネットワーク運動・広島となり、平和交流を進めるヒロシマ若者の会に継承された。ぼくは児玉さんの修了後に進学したのだが、同じ地域研究研究科の先輩・後輩の関係でもある。</p>
<p>忘れてはならないのが、ぼくが大学2年の時、後に平和のためのヒロシマ通訳者グループ (HIP) 代表となる小倉桂子さんにぼくを引き合わせたのも児玉さんだった。その後、小倉さんとはいくつかのプロジェクトを一緒に行い、1984年にはHIPを結成することになるのだ。そして、HIPの活動はずっと続き、今年創立25周年を迎えることになった。</p>
<p>ん～～～、児玉さんて、ぼくの人生のスロットマシンのレバーを引いた人のような気がしてきた。</p>
<p>あれ、最初のテーマとずれましたね。許してください (^_^;)</p>
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		<title>オバマジョリティーの奔流</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 07 Aug 2009 15:27:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[2009年8月6日の午前10時から正午、被爆から64年目の原爆の日を迎えたヒロシマで、平和のためのヒロシマ通訳者グループ (HIP) は「英語による被爆証言会」を開催した。HIPのメンバーである5人の被爆者が自らの被爆体 ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/a-bomb/358"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>2009年8月6日の午前10時から正午、被爆から64年目の原爆の日を迎えたヒロシマで、平和のためのヒロシマ通訳者グループ (HIP) は「<a href="http://www.hipj.org/actnews/160" target="_blank">英語による被爆証言会</a>」を開催した。HIPのメンバーである5人の被爆者が自らの被爆体験を外国人のために直接英語で語った。平和記念資料館地下にある定員150人の第一会議室は、休憩時間に参加者が入れ替わったことも手伝って、200人近い参加者で溢れた。しかも、そのほとんどが外国人だ。</p>
<p>2007年、2008年とこの取り組みを続けてきて、今年が3回目になるが、今年の参加者数が最も多かった。私たちが積極的に広報・宣伝を行っているわけではない。広島市が平和記念式典で外国人向けに配布する書類一式の中にこの催しのチラシが同封されているだけだ。それでも、会場がこのような熱気に溢れたことは、核兵器廃絶を求める世界中の人々の思いが広島の地に集まってきたことを意味する。</p>
<p><span id="more-358"></span></p>
<p>一つの重要な要因が、オバマ大統領のプラハ演説にあることは間違いない。これまで、核兵器廃絶は実現不可能なこととあきらめていた人々が、核兵器のない未来を心に描くことができるようになったのだ。特に、核兵器大国アメリカの国民への影響は大きかったと思う。証言会のアンケートを見ても分かる。米国からの参加者が全て、被爆者の思いを素直に受け止めており、核兵器の保有を正当化するような言葉はなかったのだ。</p>
<p>オバマ氏の演説と行動に限界があることは平和運動家の間で指摘されているし、おそらくそれは当たっているのだろうと思う。しかし、彼の意図にかかわらず、核兵器廃絶はタブーではなく、おおっぴらに語っても良いのだという意識を米国民と世界の人々に広げたことは大きな、というより、歴史的な貢献といってよい。秋葉忠利広島市長が平和宣言の中で、「オバマジョリティー」という新語を披露したが、それは単なる思いつきではなく、実在するのだということを強調したい。</p>
<p>被爆証言会に参加してくれた一人の米国人歴史教師の感想を紹介したい。27歳のアリシア・バスケスさんの言葉である。</p>
<blockquote><p>I felt very privileged to be here and hear the testimonies of the survivors. As a public school history teacher in Seattle, I knew about the atomic bomb/WW II from a factual view. However, after visiting the Atomic Bomb Memorial and the Peace Park, I now have a better understanding of the human impact and the consequences of nuclear weapons / war as seen from individual&#8217;s experiences. I feel I now have a better understanding of the event, that will only make me a better teacher and help relay a message of peace to my students. I agree with Ogura-san and Hirai-san that the main way to affect peace and cause change is by sharing the message with others. Thank you for sharing your experiences &#8212; I felt fortunate to have heard them.</p></blockquote>
<blockquote><p>(日本語訳)<br />
ここに来て、被爆者の証言を聞くことができたことをかけがえのないことと思います。シアトルで公立学校の歴史教員をしている者として、原爆や第二次大戦のことを事実としては知っていました。しかし、原爆資料館と平和公園を訪れた今、個人体験から見た核兵器と戦争の人間への影響と結果についてよりよく理解できました。この出来事を深く知ることができたことにより、私は教員として成長し、生徒達に平和のメッセージをリレーすることができるでしょう。他者とメッセージを分かち合うことによって平和に貢献し、変化を作ることができるという小倉さんと平井さんに賛同します。経験を教えてくださってありがとう。聴くことができて幸運と感じました。</p></blockquote>
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		<title>被爆証言は国籍を問わず胸を打つ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 06 Aug 2008 14:40:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[8月4日に続き、8月6日10～12時、広島平和資料館で英語による被爆証言の会を開催しました。プログラムは同じく、平和のためのヒロシマ通訳者グループ (HIP)会員の被爆者である荒谷勲さん、平井昭三さん、小倉桂子さんが被爆体験を語り、質疑を受けるというものでした。平和記念式典の直後に行われたこともあり、会場は満員。おそらく130～140人の参加者があったと思います。うち8割は外国人でした。

司会をしていて感じるのは、参加者の胸に被爆者のメッセージが強く深く響いているということ。辛いことだけど目をそらしてはいけない、という真剣なまなざしが証言者に注がれていました。涙ぐんでいる人もいました。ヒロシマの心は国籍を問わず届くのです。

感想用紙からいくつかのメッセージを紹介したいと思います。

(1) Very moving. So sad they are reluctant to tell their story for fear of discrimination. That never occured to me.  I am an American HIBAKUSHA from 928 nuclear tests in Nevada. I had cancer and other diseases so did my friend and family. But we never felt discrimination. This is so sad to be victimized by the hatred bomb - an immoral terrorist act by US government - Then to be victimized by your own society.

(1) 大変感動しました。被爆者が差別を恐れて事実を話せなかったということを悲しく思います。私がそれを経験しなかったからです。私はネバダ州で行われた928回の核実験によるヒバクシャです。私や私の友人や家族は、癌やその他の病気を経験しました。しかし、差別を感じたことはありませんでした。アメリカ政府による非倫理的なテロ行為という憎しみの爆弾によって犠牲となり、さらに自分自身の属する社会によって犠牲になったことを大変悲しく思います。<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/a-bomb/135"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>8月4日に続き、8月6日10～12時、広島平和資料館で英語による被爆証言の会を開催しました。プログラムは同じく、平和のためのヒロシマ通訳者グループ (HIP)会員の被爆者である荒谷勲さん、平井昭三さん、小倉桂子さんが被爆体験を語り、質疑を受けるというものでした。平和記念式典の直後に行われたこともあり、会場は満員。おそらく130～140人の参加者があったと思います。うち8割は外国人でした。</p>
<p>司会をしていて感じるのは、参加者の胸に被爆者のメッセージが強く深く響いているということ。辛いことだけど目をそらしてはいけない、という真剣なまなざしが証言者に注がれていました。涙ぐんでいる人もいました。ヒロシマの心は国籍を問わず届くのです。</p>
<p>感想用紙からいくつかのメッセージを紹介したいと思います。</p>
<p>(1) Very moving. So sad they are reluctant to tell their story for fear of discrimination. That never occured to me.  I am an American HIBAKUSHA from 928 nuclear tests in Nevada. I had cancer and other diseases so did my friend and family. But we never felt discrimination. This is so sad to be victimized by the hatred bomb &#8211; an immoral terrorist act by US government &#8211; Then to be victimized by your own society.</p>
<p>(1) 大変感動しました。被爆者が差別を恐れて事実を話せなかったということを悲しく思います。私がそれを経験しなかったからです。私はネバダ州で行われた928回の核実験によるヒバクシャです。私や私の友人や家族は、癌やその他の病気を経験しました。しかし、差別を感じたことはありませんでした。アメリカ政府による非倫理的なテロ行為という憎しみの爆弾によって犠牲となり、さらに自分自身の属する社会によって犠牲になったことを大変悲しく思います。<br />
<span id="more-135"></span><br />
(2) I felt very lucky to hear the survivors&#8217; stories and felt very moved by what they had to say. I see you have a website. I think it would be wonderful if you could put videos of their stories on the website so that their message could reach even more people. I wish my friends and family in the U.S.A. could hear their stories. Thank you for this program.</p>
<p>(2) 私は被爆者のお話を聞けて幸運だと感じます。そして、内容にとても感動しました。ウェブサイトをもっていらっしゃるのですね。だったら、ウェブサイトにビデオを掲載したらもっと多くの人にメッセージを届けることができるのではないでしょうか。米国にいる私の友人や家族にぜひ聴いてほしいと思います。プログラムを開催していただいてありがとうございました。</p>
<p>(3) I am from Melbourne, Australia. Thank you for an educational and deeply moving experience. Having the privilege to hear these remarkable stories of survival and courage has further ***illed that nuclear weapons are NEVER the answer and only result in unnecessary suffering. Thank you to the brave survivors who shared their stories with us today.</p>
<p>(3) 私はオーストラリアのメルボルンから来ました。教育的で、深く感動する体験をお話しいただきありがとうございました。このような驚くべき生存と勇気の物語を聞く幸運に恵まれると、核兵器は答えではなく不要な被害をもたらすだけのものだということを確信します。体験をお話しいただいた勇気あるヒバクシャの皆さんに感謝します。（*** は読み取れませんでした）</p>
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