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	<title>平和 &#8211; 侏儒の想ひ</title>
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	<description>Thoughts of a Humble Man</description>
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		<title>豊永恵三郎さんと在外被爆者支援活動</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 16 Jun 2012 09:00:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[6月16日（土）、平和のためのヒロシマ通訳者グループ（HIP）の例会でした。講師は被爆者で韓国の原爆被害者を支援する会・広島支部代表の豊永恵三郎さん。1971年から韓国在住の被爆者の支援活動に取り組んでこられました。 ま ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/901"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/06/2012-06-16-005.jpg"><img loading="lazy" class="alignright size-medium wp-image-902" title="豊永恵三郎さん" src="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/06/2012-06-16-005-300x169.jpg?resize=300%2C169" alt="豊永恵三郎さん" width="300" height="169" data-recalc-dims="1" /></a>6月16日（土）、平和のためのヒロシマ通訳者グループ（HIP）の例会でした。講師は被爆者で韓国の原爆被害者を支援する会・広島支部代表の豊永恵三郎さん。1971年から韓国在住の被爆者の支援活動に取り組んでこられました。<br />
まず、この問題に関心をもったきっかけです。小中学校時代、周囲に韓国朝鮮人の生徒が多かったそうです。また、教員になってからクラスに多くの韓国朝鮮人生徒がいて、彼らのほぼ全員が本名ではなく通名で通っていることを知り、在日朝鮮・韓国人差別をなくす活動を同和教育の中で取り組むようになったそうです。<br />
1971年、このような活動が評価され、韓国政府から9人の日本人教員が招請された時、日程が空いていた日に韓国原爆被爆者援護協会を訪問したそうです。軍事政権の下、社会運動が許されるような状況ではない韓国で、被爆者たちは細々と活動していたということです。彼らは、日本の被爆者が得ていたような医療費無料化や健康管理手当などの援護を全くもっていないのでした。<br />
帰国後、大阪で結成された韓国の原爆被害者を支援する会の広島支部を立ち上げ、数多くの在韓・在米・在ブラジル被爆者の訴訟を支援してこられました。こうした在外被爆者は、最初全く援護を受けられませんでした。　しかし、これらの裁判を通じて、次のように一歩ずつ権利を勝ち取って来たのです。</p>
<p>・被爆者手帳の日本国内での申請・交付<br />
・被爆者手帳が国外に出ても有効になった<br />
・被爆者手帳を居住国からの申請<br />
・各種健康手当の居住国での受け取り<br />
・各種健康手当の居住国からの申請<br />
等々</p>
<p>地道な取り組みを、息長く続けてこられた豊永さんに拍手を送りたいと思います。</p>
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		<title>被爆者沼田鈴子さんをモデルにした映画</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 18 Apr 2012 14:33:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[昨年亡くなった被爆証言者沼田鈴子さんをモデルにした映画製作の動きを伝える、4月18日付の中国新聞記事です。中心人物の中村里美さんは二十数年前からの友人です。全文を引用します。 《平和記念公園の被爆アオギリの下で証言を続け ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/871"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>昨年亡くなった被爆証言者沼田鈴子さんをモデルにした映画製作の動きを伝える、4月18日付の中国新聞記事です。中心人物の中村里美さんは二十数年前からの友人です。全文を引用します。</p>
<p>《平和記念公園の被爆アオギリの下で証言を続け、昨年7月に87歳で亡くなっ<a href="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/04/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpg"><img loading="lazy" class="alignright size-medium wp-image-872" title="沼田鈴子さんモデルに映画" src="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/04/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-118x300.jpg?resize=118%2C300" alt="沼田鈴子さんモデルに映画" width="118" height="300" data-recalc-dims="1" /></a>た沼田鈴子さんをモデルにした映画の製作準備が進んでいる。進行のあった関係者たちが企画。平和の尊さを訴え続けた沼田さんの医師を受け継ぐ。<br />
タイトルは「アオギリにたくして」。沼田さんと二十数年前からの知人のシンガー・ソングライター中村里美さん(48)=東京都町田市=が映画化を仲間に呼びかけた。中村さんは同名の曲を作り、自らのライブで沼田さんの体験を語っている。<br />
沼田さんは原爆で崩壊した建物の下敷きになり左足を失った。惨禍を生き抜いたアオギリの姿に希望を見つけ、証言活動に取り入れた。被爆アオギリ2世、3世を世界に送る運動にも力を注いだ。沼田さんは亡くなる直前まで「生きて伝えなくちゃ」と自らを奮い立たせていたという。中村さんは、沼田さんをモデルに平和を願い続ける被爆者の姿を描く。<br />
映画監督の市川徹さん(63)=横浜市=が中村さんの趣旨に共鳴し、監督を引き受けた。今月初めに製作委員会を結成した。脚本の内容やキャストの選考を進め、来年夏の全国上映を目指す。<br />
「被爆者の高齢化が進み、体験のない世代が伝えていく使命がある。若い人に見てほしい」と中村さん。市川さんは「絶望にあっても、再び立ち上がることができる人間の姿を描きたい」と話している。（野田華奈子）》</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>国重昌弘さんの被爆体験</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Mar 2012 13:23:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[今日は、仕事の合間を縫って、HIPの例会で司会を担当しました。 ゲストスピーカーは、被爆者の国重昌弘さん。被爆当時は広島県立第二中学校2年生の14歳。HIPスタッフの荒谷さんと同級生でした。 8月6日の朝、二中2年生全6 ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/858"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今日は、仕事の合間を縫って、HIPの例会で司会を担当しました。</p>
<p>ゲストスピーカーは、被爆者の国重昌弘さん。被爆当時は広島県立第二中学校2年生の14歳。HIPスタッフの荒谷さんと同級生でした。</p>
<p><a href="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/03/2012-03-17-026.jpg"><img loading="lazy" src="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2012/03/2012-03-17-026-540x405.jpg?resize=540%2C405" alt="国重昌弘さん" title="国重昌弘さん" width="540" height="405" class="aligncenter size-large wp-image-859" data-recalc-dims="1" /></a><br />
8月6日の朝、二中2年生全6クラスは広島駅北側の東練兵場で、サツマイモ畑の草取り作業に動員されていました。整列して先生の指示を聞いているとき、米軍の爆撃機B29が落とした2～3個のキラキラしたものを見ていたと思ったら気を失ったそうです。原爆の熱線に焼かれ、爆風に吹き飛ばされたものと思われます。</p>
<p>上半身裸で顔と腕にひどい火傷を負った国重さんはすぐに動くことができず、午後2時頃になってやっと仲間4人と一緒に牛田、三滝方面を通って西広島駅まで歩いて避難したとのこと。たまたま重傷者を乗せたトラックを見つけ、こっそり乗り込んで、自宅のある廿日市で飛び降りたそうです。</p>
<p>午後6時頃自宅に帰り着き、両親の顔を見たとたん、安心して涙が溢れました。両親はすぐに昌弘さんの火傷の手当を始めました。手当といっても手荒なもので、お母さんが昌弘さんを押さえつけ、お父さんがピンセットで顔や腕の火傷した皮膚を全部はぎ取るというものでした。麻酔があるわけでもなく、痛くて泣き叫びました。それから毎日、1日5回、ベビーパウダーとひまし油を混ぜた薬を火傷の傷口に塗ってもらう治療を続け、40～50日後に回復したということでした。しかし、この手荒な治療のおかげで、顔に火傷の跡は残らず、きれいな肌をされています。なお、避難時に市内を通らず、黒い雨にも当たらなかったので、放射線被曝が少なかったと思われ、そのおかげで現在まで健康に暮らしているということです。</p>
<p>荒谷さんがおっしゃるには、国重さんは真面目で早く東練兵場に着き、衣服を脱いで準備を整えていたためにひどい火傷を負ったが、自分は時間ぎりぎりに着いて着衣のままだったので火傷が軽くて済んだのだそうです。</p>
<p>同じ場所、同じ時間に被爆しても、これだけ被害に違いがあることを思うと、被爆体験はいくら聞いても全てを知ったことにはならないのだと、あらためて気づかされます。</p>
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		<title>イギリスで核問題フェスティバル</title>
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		<pubDate>Thu, 12 Jan 2012 14:23:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[イギリスの劇団トライシクル・シアター（三輪車劇場）が、2012年2月9日から4月1日まで、核問題フェスティバルを開催する。内容は、核爆弾に関する芝居、映画祭、トークショー、討論会、展示会というもの。 芝居のタイトルは「ザ ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/844"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>イギリスの劇団トライシクル・シアター（三輪車劇場）が、2012年2月9日から4月1日まで、核問題フェスティバルを開催する。内容は、核爆弾に関する芝居、映画祭、トークショー、討論会、展示会というもの。</p>
<p>芝居のタイトルは「ザ・ボム（爆弾）」。第一部「最初の爆発ー拡散（5つの短い芝居）」、第二部「現在の危険（5つの短い芝居）」とから構成される。</p>
<p>上映される映画はアニメ「はだしのゲン」、「博士の異常な愛情」、「二十四時間の情事（ヒロシマ・モナムール）」、「アトミック・カフェ」など12作品。</p>
<p>たまたま、HIPに送られてきたE-mailでこのイベントについて初めて知ったのだが、核兵器の問題に正面から取り組む文化的な企画がイギリスで取り組まれることが興味深い。</p>
<p><a href="http://www.tricycle.co.uk/festivals/the-tricycle-goes-nuclear/" target="_blank">http://www.tricycle.co.uk/festivals/the-tricycle-goes-nuclear/</a></p>
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		<title>ピースチャイルド広島の大同窓会に80人参加</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 10:35:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ボランティア・市民活動]]></category>
		<category><![CDATA[平和]]></category>
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					<description><![CDATA[1989年に始まり、1995年に終了した、平和をテーマにした国際キャストの子どもミュージカル「ピースチャイルド広島」。キャストは世界の国々と広島・長崎の10代の子どもたち。運営は学生ボランティアによる実行委員会と、演技、 ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/812"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2011/12/s-2011-12-29-027.jpg"><img loading="lazy" class="alignright size-medium wp-image-813" title="ピースチャイルド広島同窓会" src="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2011/12/s-2011-12-29-027-300x225.jpg?resize=300%2C225" alt="ピースチャイルド広島同窓会" width="300" height="225" data-recalc-dims="1" /></a>1989年に始まり、1995年に終了した、平和をテーマにした国際キャストの子どもミュージカル「ピースチャイルド広島」。キャストは世界の国々と広島・長崎の10代の子どもたち。運営は学生ボランティアによる実行委員会と、演技、音楽、ダンスの指導など専門性をもつ大人たちによるスタッフとで担われました。</p>
<p>ぼくは1989年と1990年、スタッフとしてこの活動に参加しました。もともとイギリスから始まった運動なので、英語の歌がたくさんあり、それを日本語に訳す（というより作り直す）のがぼくの役割でした。</p>
<p>12月29日、国際ホテルで大同窓会が開催され、80人あまりが参加しました。初代の1989年のキャストにとってみれば22年ぶりの再会となります。3時間のパーティーは、キャストと関係者のスピーチを聞いている間にあっという間に終わりました。このときの体験が、その後の人生にポジティブな影響を与えたということが分かり、感慨深かったです。</p>
<p>写真はステージで近況を語る1989年のキャストたち。当時は小中高校生だった子どもたちが、皆さん美しいレディーそしてジェントルマンに成長していて、驚きました。</p>
<p>パーティーの最後は、当時の映像に合わせて「Sing!」の大合唱。22年前にぼくの書いた歌詞を歌ってもらえたのは、とても、とても嬉しかったです。</p>
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		<title>原子力発電解説英文資料</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 16 Jun 2011 14:48:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ボランティア・市民活動]]></category>
		<category><![CDATA[平和]]></category>
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					<description><![CDATA[今度の土曜日、原子力発電に関する日英用語の学習会を開きます。How Stuff Works というサイトに、初心者向けの、比較的バランスのとれた解説があったので、Wordで体裁を整えて7ページの資料を作成しました。われな ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/735"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://peace.junyx.net/wp-content/uploads/2011/06/How_Nuclear_Power_Works.pdf" target="_blank"><img loading="lazy" src="https://i0.wp.com/peace.junyx.net/wp-content/uploads/2011/06/2011616-23268-213x300.png?resize=213%2C300" alt="How Nuclear Power Works" title="How Nuclear Power Works" width="213" height="300" class="alignright size-medium wp-image-736" data-recalc-dims="1" /></a> 今度の土曜日、原子力発電に関する日英用語の学習会を開きます。<a href="http://www.howstuffworks.com/" target="_blank">How Stuff Works</a> というサイトに、初心者向けの、比較的バランスのとれた解説があったので、Wordで体裁を整えて7ページの資料を作成しました。われながらよくできたので、PDFにしてシェアしたいと思います。</p>
<p><a href="http://www.howstuffworks.com/nuclear-power.htm" target="_blank">オリジナルの記事はこちら</a>です。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>核文明に滅びるわけにはいかない－湯浅一郎</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 02 Apr 2011 02:59:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[ピースデポ代表で、元ピースリンク広島・呉・岩国世話人の湯浅一郎さんが韓国の市民団体に送られたメッセージを転載します。 核文明への警鐘 / 東日本大震災・福島第１原発事故　～核文明に滅びるわけにはいかない～ 湯浅一郎（ピー ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/675"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ピースデポ代表で、元ピースリンク広島・呉・岩国世話人の湯浅一郎さんが韓国の市民団体に送られたメッセージを転載します。</p>
<p><strong>核文明への警鐘 / 東日本大震災・福島第１原発事故　～核文明に滅びるわけにはいかない～</strong></p>
<p>湯浅一郎（ピースデポ代表）</p>
<p>韓国の皆さまが、日本での災害に想いをはせ、支援活動を始めることを知り、心から感謝し、お礼いたします。本当にありがとうございます。</p>
<p>　２０１１年３月１１日、私たちは、未曽有の経験をしました。午後２時４５分頃、東北地方の宮城県沖１３０ｋｍの海底２４kmを震源としてマグニチュード９の大地震が発生しました。断層面は、東西２００ｋｍ、南北５００ｋｍに渡り、大津波が多くの市民の生命と生活の場を奪いました。津波の被災地では、広島・長崎の被災跡かと思わんばかりの光景が、海辺のいくつもの町に広がりました。今日現在、死亡・行方不明者は計約２万７千人、避難所などにいる方は約２５万人に及び、救援活動が必至に続けられています。</p>
<p>　今回の地震災害に関わって最も深刻なことは、東京電力福島第１原発で、原子炉内での燃料棒の一部溶融、水素爆発、使用済み核燃料保管プール発熱など、冷却に関わる事故が相次ぎ、原発で最悪の事故と言われる炉心溶融の寸前まで行き、相当量の放射性物質が環境中に放出され、今も終息していないことです。<br />
<span id="more-675"></span><br />
　地震と同時に運転そのものは停止しましたが、最高５ｍの津波を想定して設計された施設に１０ｍを超す津波が押し寄せ、冷却系統の非常用機器類が消失しました。そのため、原子炉や使用済み核燃料保管プールにある膨大な核分裂生成物（死の灰）の崩壊熱への対処ができなくなったのです。そこから６基の原子炉との泥沼の格闘が始まりました。半径２０ｋｍ圏内には避難勧告が出され、今も続いています。まず１２日、１号機、１３日、３号機で燃料棒の露出と水素爆発が相次ぎました。両者ともホ―酸を加え、海水注入でとりあえず危機は脱しました。１４日には２号機で燃料棒が完全に露出したまま、半日以上、空焚きとなり、炉心溶融寸前の状況になりました。このとき、担当職員の脳裏には、チェルノブイリ原発事故の悪夢がかすめたはずです。やがて下部の圧力抑制室に欠損が見つかり、応急処置を施してその場をしのぎました。更に３号機、４号機の使用済み核燃料保管プールでも燃料が露出する事態になります。構内は放射能汚染が激しく、作業が難航する中、大型ヘリや地上からの放水でしのぐ状況でした。こうして１１日から２０日すぎまで、次々起こる深刻な事態へ後手後手に対処しながら、時間稼ぎをするのが精一杯でした。事故から約２週間を経て崩壊熱はかなり低減していますが、深刻な事態が続き、長期化は避けられない状況です。業務とは言え、作業に当たる労働者の命がけの行動に心からの敬意と感謝を表明します。</p>
<p>　事故当時、福島第１原発にどれだけの核分裂生成物（以下「死の灰」）が存在していたのかは明らかにされていません。１００万ｋｗ原発を１年間稼働すると１トンの「死の灰」ができます。福島第１原発は、６基の原子炉で電気出力４７０万ｋｗなので、仮に１年稼働分の使用済み燃料があるとすれば４、７トンの「死の灰」が存在していたことになります。これは、広島型原爆が出す死の灰の４７００発分です。その一部が、すでに環境中に放出され、大気や海洋を移動し、福島県はもとより、東日本周辺、ひいては北半球を中心に地球規模で大気・海洋系を循環しているわけです。生物の食物連鎖過程では、順次、濃縮されていきます。実際、関東地方も含めて大気や野菜、水道水、一部の海水からも放射性ヨ―素やセシウムと言った核物質が検出されています。これらから、原発事故としての深刻度は、スリーマイル原発事故のレベル５を超え、レベル６とされています。</p>
<p>　私たちは、改めて核兵器や原発により作りだされる放射性物質による人体や生物への影響の大きさを思い知らされています。放射性物質の拡散が地球規模で問題になった例としては、ビキニ環礁での第５福竜丸の被災に象徴される１９５０年代の米ソを中心とした大気圏内核実験、及び１９８６年のチェルノブイリ原発事故による放射能汚染があります。これに今回の福島原発事故が加わりました。</p>
<p>　今こそ、人類史における地球規模の放射能汚染の実態をふまえつつ、福島原発の事故が訴えていることを熟考すべきです。開けてはならないパンドラの箱の脅威を直視すべきです。福島事故を耐震対策の不備で片づけてはなりません。２号機が完全に空だきになった時の悪夢を決して忘れてはなりません。制御不能になった時、美しい風景を残しつつ、生物を抹殺していく物質群を扱うことの是非をこそ問うべきです。都会を中心とした、華やかな生活で使う電気は、過疎地で膨大な「死の灰」を産み出しながら作られており、都市での繁栄は、「事故は起こらないはずだ」という過信と仮構の上に成り立っているのです。</p>
<p>「便利で豊かな暮らし」のために、放射性物質を大量に産み出すことと引きかえに発電をし、敵に対して抑止力となるという名目で核兵器が作られる。ともに、安全、安心を得ようとしての行為かもしれませんが、実際は、全く逆に安全・安心を脅かしています。安全・安心を確保したいのであれば、仮に事故になった時、潜在的危険性が高い技術を選ぶべきではありません。また仮に、事故が起きなくても、半永久的に管理せねばならない「死の灰」を大量に生産し、その管理をずっと先の世代に押しつけることは無責任な刹那主義であり、世代を超えた利己主義です。現世代が快適な生活をするために、生存にかかわる危険を冒してでも、この技術と心中する道を、私たちは選び続けるのでしょうか。</p>
<p>　今、韓国もそうですが、世界は、「原子力ルネッサンス」に浮かれ、国家としての経済的利益のために、原発の輸出競争に興じています。温暖化ガスを出さないクリーンなエネルギー源と宣伝されますが、今回の事故は、その嘘と愚かさを事実で証明しました。</p>
<p>　また核軍縮の道具としてのＮＰＴ核不拡散条約の１つの柱である「平和利用の権利」は、手放しで評価できるものでないことが示されたことで、「核兵器のない世界」をめざす上で、ＮＰＴ体制そのもののあり方が問われています。</p>
<p>　地球は、宇宙のオアシス中のオアシスです。銀河系にある１０００億の太陽系の中で知的生命体を宿す惑星を持つものは、さほど多くないはずです。惑星と太陽との距離、その大きさなどの物理的条件と、４６億年という気の遠くなる悠久の時間の経過、その壮大な一連の歴史過程が生み出した、ある種の結晶が、人類を含めた地球上に生きる生物群集です。そのすばらしき存在としての人類が、自らの欲望のためには、自らの生存基盤を脅かしてもいいという愚行を繰り返すことは早々に中止すべきです。</p>
<p>　核の技術は、軍事、平和利用の如何に関係なく、生物の論理の対極にあります。福島原発の大事故は、一刻も早く核文明から脱却すべきだという人類に対する警鐘です。被災した多くの市民の救援と生活の再建にできるだけの協力をしつつ、科学技術に依存し過ぎた虚構としての社会を、一次産業の復権を含めて自立、自給自足を基調としたものへと変えていかねばなりません。核文明から脱却し、仮構の下での繁栄でない、地に足が着いた世界をつくるために、韓国をはじめ世界の皆さんとともに、歩みたいと思います。</p>
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		<title>怒りを胸に、楽天性を保って最大防御を</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Mar 2011 01:59:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ボランティア・市民活動]]></category>
		<category><![CDATA[平和]]></category>
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					<description><![CDATA[琉球大学名誉教授・矢ヶ崎克馬さんがメーリングリストに投稿された記事です。 重要な発信をされているのになかなかメディアに載らないので転載させていただきました。 怒りを胸に、楽天性を保って最大防御を（矢ヶ崎克馬） 我々は内部 ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/664"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>琉球大学名誉教授・矢ヶ崎克馬さんがメーリングリストに投稿された記事です。<br />
重要な発信をされているのになかなかメディアに載らないので転載させていただきました。</p>
<p><strong>怒りを胸に、楽天性を保って最大防御を（矢ヶ崎克馬）</strong></p>
<p>我々は内部被曝隠蔽の歴史を学ぶ必要があります。</p>
<p>被爆者が内部被曝を隠ぺいされて苦しんできている事実を、事実として学びましょう。<br />
被爆者は原爆にやられ、その上、内部被曝を切り捨てた「被爆者認定基準」によって苦しめられました。被爆者は二重の苦しみを味合わされたのです。原爆症認定集団訴訟はそのことをよく物語っています。第1次集団訴訟の全判決が内容的に内部被曝を認めて原告側が勝訴したことを再認識しましょう。そして今回の原発炉心溶融の事態に、内部被曝隠蔽の歴史を繰り返させてはなりません。内部被曝を否定された被爆者の苦しみを再現してはなりません。</p>
<p>文科省による汚染度の調査データはものすごい値を示しています。3月21日の測定結果は茨城ひたちなか市で最高値を示し、沃素とセシウム合わせて97，000MBｑ（Mは百万）。これをキュリー数に直すと9.7Ci（１Ci は3.7掛ける10の10乗Bq）。何とチェルノブイリ事故時の炉心周辺の最高汚染度の10分の1程度の値になっています。この値はチェルノブイリ災害の時に日本に降った放射性物質の濃度は0.1Ｂｑ/ｍ2程度なので、その10万倍に相当します。福島のデータは無いが、汚染は広範に広がっています。政府はこの事実を数字だけ出して、国民に何の指示も出さないでいるのです。食品の汚染が報道されていますが、空気の汚染も、ものすごいものです。積極的に事実を知らせないで、隠すことが何をもたらすかわかっているのでしょうか？「直ちに・・・」のまやかしの内に国民の被曝被害は拡大していきます。<br />
<span id="more-664"></span><br />
汚染は放射性微粒子によって進みます。どのような姿で放出されているのか一切明らかにされていません。小さい酸化物数分子の形で方出されているのか?多原子からなる微粒子で放出されているのか？ここでは微粒子として放出されていることを仮定してどこまで飛ぶかを試算してみます。放射性微粒子は発電炉上空100mに吹き上げられて、毎秒4mの一様な風に乗るという想定で計算すると、直径1μmくらいならば1500kmはゆうに運ばれます。風が強ければもっと遠くまで運ばれます。現実はシミュレーションのように、放射能汚染の地域が拡大しています。チェルノブイリの時の日本の汚染状況よりはるかに高い汚染が進んでいるようです（小出裕章先生資料）。</p>
<p>スギ花粉の直径が30-40μmですが、放射能微粒子の直径はその10分の1以下のサイズです。普通のマスクでは防除が困難なサイズです。ずいぶん広範囲な地域の住民が内部被曝を受けざるを得ない危機状態が進んでいます。</p>
<p>私たちは汚染される覚悟が必要です。しかし、悲観して恐怖の内に汚染を待つのはよしましょう。この怒りを胸にしっかり収めて、開き直って、楽天的に、知恵を出し、最大防御を尽くしつつ、やるべきことはすべてやることしかありません。そして核のない新しい日本を創ることを決意するしかないのです。</p>
<p>今、端的に言って、日本のどこにいても汚染は避けられません。汚染から精神的に逃げていれば、被災地救援や日常生活にも、「恐怖」は足かせになります。</p>
<p>政府の「安全」、あるいは「直ちには健康に影響は無い」という不誠実極まりない「安全神話」に乗せられば、しばらくしてから現れるとんでもない悲劇が待っています。みなさん、開き直って楽天的になり、支え合って、最大防護を致しましょう。やるべきことは全部やって、危機を脱出しましょう。救援も生活もやるべきことは全部やって　切り抜けましょう。</p>
<p>正しい知識を獲得することが大切です。心構えは、「みんなで支え合う大きな利己主義」を持ちましょう。<br />
テレビで流されているような、「汚染されたホウレンソウを一年分食べても平気です。」等という蛮勇は、無知であり人間を大切にする思想に欠けたものです。正しい知識を持ち、勇気を持って、賢く人間愛に基づく判断を致しましょう。</p>
<p>ガンマ線発射の放射性放射体が測定されたら、その背後にはたくさんのアルファ線放射体やベータ線放射体が一緒にいます。政府発表は「X線検診の被曝量と比較して・・」と言いますが、医療では被曝させるけれども被曝する危険以上の医療的メリットがあるという目的を持った被曝です。それだけに被曝限度も大きく設定されているものです。このようなメリットを伴う被曝と迷惑千万な受動被曝を比較すること自体が、まさに不遜な行為ではありませんか？</p>
<p>飛行機に乗った時の被曝といえば宇宙線による被曝です。日常受ける被曝には様々な原因がありますが宇宙線がかなり寄与しています。宇宙から飛んでくる放射線は透過力が高いものです。透過力が高いということは物質（身体）との相互作用が少ないということです。放射線が身体を突き抜けるということは、突き抜けた放射線は相互作用しなかったということです。内部被曝する場合は相互作用の非常に強い放射線（アルファ線、ベータ線）にも被曝することになります。比較する土台に共通性のない比較です。このような発表をする人には、内部被曝の危険性を勉強してくださいと言いたいものです。</p>
<p>がんになって亡くなるのは、１万人に一人くらいのものでしょうか（これは多分非常に低く判断していると思います《肥田舜太郎先生のチェルノブイリ放射性降下物被曝時の乳がん死亡調査》）？（それでも人口が１億人だと１万人！！！）これらの方は病名が判明してもその原因は決して解明されることがありません。決して国家的に補償されることがない被害です。それだけに、原子力発電をやめさせることしか報いる方法がありません。我々の根本的な責任です。閉じ込めることしか対応方法がない原子力発電は、本質的に未熟なテクノロジーなのです。</p>
<p>今は、みんな「貧乏くじは当たらない」と楽天的な願いを持ちましょう。今はあくまで楽天的に、悲観を先取りせず、悲劇の確率を最小限に食い止めることです。あくまで楽天的に憲法の精神で、『個の尊厳』を守ることでやり遂げましょう。</p>
<p>汚染が進む地域で「建物内退避」は危険の増幅です。内部被曝を拡大します。政府は、住民避難領域を拡大すべきです。被曝弱者である乳幼児、妊婦、感染症罹患者等々の避難をすぐ行うべきです。汚染が確認されている地域だけでなく、もっと広い範囲にいる人も放射能汚染の対応を致しましょう。完全防護はできなくとも、部分的でも可能な限り防護することです。</p>
<p>①マスクをしましょう。</p>
<p>②帽子を被りましょう。肌をむき出しにせず、外套は埃の付きにくいものがベター良いでしょう。家に入るときはマスクをしたまま、埃を払い、それから家に入りましょう。</p>
<p>③野菜等の食品はよく洗うことです。流水で洗いましょう。お湯でゆがけばもっと効果が上がるようです。この判断は放射性微粒子が表面にくっついているだけであると判断をしています。放射性物質を根から吸い上げて内部が汚染されている状態ではないと願っていますが、そうなったら廃棄しかありません。汚染されている水から放射性物質を取り除くことは一般家庭では難しいものです。</p>
<p>防護のことは知恵を出し合って致しましょう。<br />
政府は、この事態を客観的に把握し対処できる組織を確保し、体制をとること。<br />
政府は正しい認識を持つこと、迅速に正確な情報を提供すること、人間尊重の立場から対処すること。<br />
政府が客観的な科学的な認識を確保しない限り、推進派のまやかしの安全性吹聴は続きます。<br />
私たちの声はそろえましょう。</p>
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		<title>被爆者にそのことを聞きますか？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 23 Mar 2011 15:18:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[平和]]></category>
		<category><![CDATA[被爆・核兵器廃絶]]></category>
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					<description><![CDATA[この記事はTwitterの投稿に対するコメントとして書きましたが、その後投稿者ご本人とメッセージのやりとりをする中で私の誤解があったことが分かりました。私の拙速な対応をお詫びします。 今日、あるツイートを読んで、驚いた。 ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/661"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color:#990000">この記事はTwitterの投稿に対するコメントとして書きましたが、その後投稿者ご本人とメッセージのやりとりをする中で私の誤解があったことが分かりました。私の拙速な対応をお詫びします。</span></p>
<p>今日、あるツイートを読んで、驚いた。ニューヨーク在住の日本人の方が書かれたものだ。<br />
『米国人友人が被爆者たちに2時間にも及ぶ取材を行ったのだけど、被爆体験と共に質問されたこと。「日本は被爆国なのに、原子力発電所を58基ありますね。どうして作ったですか？」なぜ？』</p>
<p>日本に原子力発電所を作った責任が、まるで被爆者にあるかのような問いかけである。被爆者にそれを聞くのはあまりにも酷ではなかろうか。理由や論点はいくつもある。</p>
<ol>
<li>原発政策を推進したのは日本政府、電力会社、関連企業であって、被爆者ではない。</li>
<li>被爆者は原爆症を抱えて病弱な人が多く、経済的にも、政治的にも弱者であった。</li>
<li>1979年のスリーマイル島事故まで、日本では一般に原子力の平和利用は安全と考えられていた。被爆者も同様。</li>
<li>国民一般で、保守対革新では保守が多かったように、被爆者も保守の人が多かった。</li>
<li>被爆者援護と核兵器廃絶の運動だけでもなかなか前進しないのに、それ以外の運動に取り組む余力はなかった。</li>
<li>日本人が原発立地を許してきたように、アメリカ人も許してきたのではないか。</li>
<li>アメリカでは核実験で多くの深刻な被曝者を生み出してきたが、彼らが核兵器の生産や実験を止めることができたのか？</li>
<li>つまり、最初の問いを発する資格が当のアメリカ人にあるのだろうか？</li>
</ol>
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		<title>Sing!</title>
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		<dc:creator><![CDATA[journey]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Dec 2010 14:42:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ボランティア・市民活動]]></category>
		<category><![CDATA[平和]]></category>
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					<description><![CDATA[♪　シング　世界に人に歌ってほしい 平和と愛が大切だと ピース　のぞみは一つ　平和だけだよ 世界の国に友だちつくろう Ah ラブ　愛の歌　空を超え届けたら ピース　平和へのこの思い　伝わるさ ラブ　愛は教える　歌う喜び  ...<p> <a class="continue-reading-link" href="https://peace.junyx.net/peace/642"><span>Continue reading</span><i class="crycon-right-dir"></i></a> </p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>♪　シング　世界に人に歌ってほしい<br />
平和と愛が大切だと<br />
ピース　のぞみは一つ　平和だけだよ<br />
世界の国に友だちつくろう</p>
<p>Ah ラブ　愛の歌　空を超え届けたら<br />
ピース　平和へのこの思い　伝わるさ</p>
<p>ラブ　愛は教える　歌う喜び<br />
きらめく風に花びらまうよ</p>
<p>ピース　みどりの山とかがやく海が<br />
ふるさとなのさ　ぼくらの地球</p>
<p>Ah ラブ　愛の歌　空をこえ届けたら<br />
ピース　平和へのこの思い　伝わるさ</p>
<p>おいでよ　輪の中へ<br />
今日から友だち　一緒だよ</p>
<p>おいでよ　輪の中へ<br />
今日から友だち　いつまでも　♪</p>
<p>……　これはピースチャイルドという平和をテーマにした国際キャストの子どもミュージカル「ピースチャイルド」で歌われた「シング！」という歌です。イギリス人の David Gordon という音楽家が書いた歌詞をぼくが日本語に訳したものです（歌詞の翻訳というのは限りなく創作に近い活動で、相当な意訳を行なっています）。ピースチャイルドは1980年代にイギリスで始まり、アメリカで成功を治めたプロジェクトです。広島では1989年から1995年にかけて計5回の制作公演が行われ、多くの子どもたちが国境を超えて強い友情で結ばれました。<br />
<span id="more-642"></span><br />
ピースチャイルドのコンセプトは、子どもたちが大人になったとき、友だちのいる国とは戦争したくないと思うだろうから、戦争を止める力になるはず、というものです。外国で行われていたピースチャイルドのストーリーは、次のような出だしで始まります。</p>
<p>「2015年の『ピースデー』。子どもたちが集まって平和を祝うお祭りをしている。でも、いつ、どのようにして核兵器がなくなり、ピースデーが始まったんだろう？　それはね、25年前のある日、一人の男の子が行動を始めたのがきっかけなんだ。では、その子は何をしたの？　…　こうして、舞台上の子どもたちは25年前の出来事を芝居によって再現する」</p>
<p>さて、その2015年ももう目前に迫っています。ぼくたちの世界は、当時より平和になったでしょうか？　核兵器は廃絶されましたか？　少なくとも当時より減りましたか？　では、核兵器を持つ国は少なくなりましたか？　戦争で命を落とす人は減りましたか？　飢えに苦しむ人は減りましたか？　地球環境が守られるようになりましたか？　1990年当時、米ソ冷戦が終わり、ソ連の崩壊が目前に迫っている頃、核軍拡競争も終わり、核兵器もいずれなくなるだろうと思われていました。1990年代の混乱期にその期待は裏切られ、2000年代には核兵器を持つ国が逆に増え、テロとの戦いという名の戦争が始まり、続いています。</p>
<p>振り返って考えてみれば、ピースチャイルド広島というプロジェクトは終わってしまったものの、そのプロジェクトが果たした役割は今の時代にも期待されているのではないか、という気がしてなりません。</p>
<p>新年に向けて、自分の果たすべき役割というものを今一度問いなおしてみようと思います。</p>
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