若い男と勝利の体験

夜の10時過ぎ、高二の息子が楽器を練習していたので、妻がぼくに、息子に勉強を始めるように言え、と言った。ぼくは強い違和感を覚え、とっさに、自分が妻と同じように考え、行動しなければならないのか、と切り返した。

シャワーを浴びながら、振り返って考えてみるうち、その違和感の原因が分かった。ぼくは、息子に今必要なのは、受験勉強を早く始めることではな く、何かの分野で勝つ体験をし、自分に自信をもつことだと考えている。たまたま、それが軟派なバンドであってもいいではないか。人は、自分が一生懸命になれることでしか、勝つことはできないのだ。

実は、勝利体験というものは、若いオスの成熟にとって重要な意味をもっている。ライオンのオスは、他のオスに勝ってボスになることでしか、ハーレ ムを作り自分の子孫を残すことはできない。若いオスのたてがみは白っぽい色である。見るからになんとなく弱そうだ。他のオスとの闘いに勝つ経験を重ねるう ち、たてがみは黒っぽくなり、貫禄がついてくる。メスにもモテるようになる。これは、闘いに勝利すると、脳が主要な男性ホルモンであるテストステロンの分泌を促し、それがたてがみの色の変化となって現れるのだそうである。

人間も他のほ乳類と同じだ。しかし、人間のオスは、闘いのフィールドが多様であることが恵まれているといえる。たとえば、スポーツ、音楽、ゲー ム、アートなど。スポーツも、野球、サッカー、ゴルフ、バスケットボール、テニス、水泳、長距離・短距離走など多彩な種目に分かれている。ライオンのように、10頭の雄と決闘してナンバーワンにならなければ子孫を残せないというような状況ではない。自分の得意な分野で、なにがしかの勝利を手にすればよいのである。10人の得意分野が10通りあれば、全員がナンバーワンになれるのである。

さて、息子のことに戻る。明らかに勉強は出遅れているし、習慣づけもできていない。しかし、今、楽器を捨てて勉強だけをガンバレといってもそれは 無意味だろう。受験勉強では途方もなく多くの、途方もなく優秀な敵を相手にしなければならない。限りなく敗色の濃い闘いである。まず、一生懸命になれる分野で小さな勝利を手にしてほしい。努力の結果としての勝利を体験することによって初めて、受験のような持久戦を乗り切る力を得るはずだからだ。

と書いては見たものの、しょせん、オスというのはテストステロンに支配された生き物なんだよなぁ、と改めて思うのであった。