ヒモという生き方

ぼくが大学生の頃である。つまり1980年代半ばの話だ。ぼくとは別の平和市民団体のメンバーであるI君という友人がいた。ぼくより学年は下だが年齢は一緒だったと思う。ひょろっと背が高く、銀縁メガネで、ぼさぼさ頭だ。彼と同じ団体にMさんという女性メンバーがいた。ぼくより年上で、色は浅黒いが、目鼻立ちのはっきりした美人である。I君は密かにMさんを慕っていた。

ある日、I君が面白い人がいる、といってX氏を紹介し、3人で場末の安酒屋に飲みに行った。X氏は当時30代と思われ、文学オタクらしい、身なりにあまり頓着しない風だが、よくハンチング帽をかぶっていたように記憶する。X氏がトイレに立った時、I君はぼくに耳打ちし、「彼はヒモなんだ」という。自分は仕事をせず、看護師をしている同居人に食べさせてもらっているのである。そんな男が本当にいるんだと、ぼくは非常に驚いた。

このX氏、本当によくしゃべる。彼は西洋のある詩人について研究をしていた。とにかく「想念」が次から次に湧いてきて、それを紙に記録しなければならないのだ、という。最近、ピコワードという低価格のワープロを入手して、それで想念をタイプしていくのが楽しくてたまらないらしい。

ある日、ぼくとI君の共通の友人で、政党の青年組織のメンバーであるF氏を誘って、X氏と飲むことになった。F氏は小柄だが、プライドが高く、弁の立つ男である。なぜ彼を呼ぶことになったのか、全然覚えていない。ともあれ、4人ともよく飲んだ。勘定の段になり、X氏がここは自分が奢るという。F氏は、見ず知らずの人間に金を出してもらうことはできないと、割り勘を主張する。二人が口論になり、とうとう店の外で、X氏がF氏を眼鏡の上から殴ったのである。今から思えば、ヒモにはヒモなりの見栄があり、F氏はそれをくじこうとしてしまったのだ。後日F氏は、なんであんな奴を紹介したんだ、眼鏡の上から殴るなんてとんでもない奴だ、とぼくを非難した。F氏の左頬にはその時の傷が残っていた。

それからしばらく経ったある日、I君が元気なく、しょぼくれていた。聞くと、X氏はそれまで世話になった同居人と別れ、I君が恋い焦がれるMさんと同居を始めたというのである。I君はMさんにX氏を紹介したことを深く後悔し、嘆いていた。

ぼくは当時、10年も一緒に暮らした女性と簡単に別れることができる、というX氏の神経が理解できなかった。そのことをガールフレンド(後の妻)に話すと、女性の方が疲れていたんじゃないの、という。なるほど、と納得した。女性の方が男を手放したがっていた時に都合よく現れたのがMさんだったということか。憧れの人をヒモに盗られたI君が気の毒だった。あれから長い年月が過ぎ、登場人物の4人ともその後の消息を知らない。

ヘレン・フィッシャー博士によれば、恋愛の寿命は3年前後だ。X氏とIさんがその後も現在までパートナーを続けているという図は想像しにくい。であれば、X氏はどのようにして次の女性に乗り換えただろう。その後も乗り換えはうまく行ったのか、それともどこかで誰にも乗り換えられなくなったのか、ヒモを卒業して職業をもったのか、今は何も分からない。分からくて困ることは何もないが、なぜか今日この事件を思い出してしまったので、書いておくことにした。

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