一つのバンドの終わり

6月12日、アマチュアロックバンドSETIが解散した。2005年の6月からメンバーチェンジを繰り返しながら、なんとか3年間続いてきたが、それも限界に来たようだ。メンバーの多くが何らかのかたちで、バンド活動についての不満やストレスをかかえていたことが分かり、解散を決意した。いや、実際にはこれまでずっと支えてきてくれたドラマーさんが「解散しよう」とメーリングリストに書いた、その発言に背中を押されたと言っていい。

3年前の6月、アマチュアバンド活動を再開し、新しく出会った人たちとバンドを始めたとき、ぼくはただ音楽ができることが楽しかった。ボーカルの若い女性は初心者で、正確な音程で歌うことが難しかったため、ぼくがボイストレーニングのコーチをしたこともあった。しかし、メンバーのやりたいことがバラバラなので、ボーカルさんとギタリストさんが脱退。メンバー探しをすることになった。

それから2回のメンバーチェンジを経て、2006年の4月、SETIは6人編成で活動を始めた。しかし、このとき、後に吹き出すことになる矛盾の種をかかえてしまったのだ。男性ボーカルさんに加入を快諾してもらった後で、ギタリストが女性ボーカルがいいと言い出したため、女性ボーカルさんに声をかけ、彼女に加入してもらうことになった。このような経緯で、男女ツインボーカルのバンドとなったのである。結果、女性ボーカルに重点を置きつつ、男性ボーカルにも気を遣うかたちで新メンバーでの活動が始まったのだ。そして、2ヶ月に1回のペースでライブを行うような、アマチュアバンドとしては活発な活動を行ってきた。

これだけの人数が集まると、リーダーだからといって自分のやりたいことを押しつけるようなバンド運営はできない。ぼくは可能な限り自分の主張を抑え、メンバーの合意形成を図るかたちで、選曲、練習、ライブ出演を決めてきたつもりだ。もちろん、メンバーの中には違う見解をもつ人がいるだろうと思う。

2007年10月、それまでの女性ボーカルさん脱退の後、メンバー募集を行い、新しい女性ボーカルさんが入ることになった。ぼくは入ってくれる人がいるだけで御の字だと思っていた。が、その後ギタリストさんが日記に、オーディションをやって選ぶものと思っていた、と書いているのを読んだときにはため息が出た(君のために苦労して探したんでしょ?)。今年に入り、女性ボーカルさんの友達二人にコーラスとして入ってもらった。見た目も音もゴージャスで華やかなバンドになった。3月のライブを最後にギタリストさんが転勤で広島を去った。

ヘルプのギタリストさんに手伝ってもらって5月の終わりにライブをやった。歌、コーラス、アンサンブル、プレゼンテーション、音響、照明どれをとってもSETIの歴史の中で最高のパフォーマンスだったと思う。録音状態もすこぶる良い。

しかし、その後、女性ボーカルさんから不満の声が上がった。バンドは彼女らの意見を聞かず、ボーカリストの存在を軽視し、歌いにくい曲を押しつけているというのだ。コーラスさんたちも同様の意見だった。そして、そのメールがきっかけとなってバンドの解散が決まったのである。

ぼくは改めて思った。自分が人のために努力していると思っていても、それは独りよがりに過ぎない。視点を変えてみなければ本当のことは分からないのだ。そう、女性ボーカルさんが我慢してストレスをためていたように、ぼく自身も我慢していた。男性ボーカルの方が曲選びに困らないし、自分も歌いたかった。好きなバンドは、Sting、U2、Coldplay、Vertical Horizon などなのに、バンドで練習・演奏したことは一度もなかった。女性ボーカルのバンドとなったことで、その事実を中心としてメンバーの合意形成を図らなければならない、と考えたからだ。だから、ぼくの発言はいつも八方美人的で、歯切れの悪いものになっていた。メンバーにはぼくの本当の気持ちは見えなかったろうと思う。意識せずに隠していたのだろう。だから、メンバーも各自の役割をどうとらえていいか分からなくなっていたのではないだろうか。

バンドのメンバーの皆さんには申し訳ないことをしたと思っている。それぞれに機会を掴んで活躍していただきたいと願っている。

今後はこの失敗を教訓として、いつか音楽活動を再開したい。

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