逝きし日の面影

今、読んでいる本は渡辺京二著『逝きし日の面影』(平凡社ライブラリー)です。江戸時代の日本という一つの文明を、幕末から明治初期に外国人が残した著作を元に再構築する試みです。

彼らが出会った日本人は、誰にでも親切で、客にも仲間にも礼儀正しく、しょっちゅう冗談を言って笑い合い、心からの笑顔を見せる人たちでした。そのような国は世界のどこにも例がないこと、こうした素晴らしい特性が明治になって急速に消えていったことを、彼らは書き残しています。

ぼくは、高校生の頃まで、歴史というのは直線的に進歩するものだ、江戸時代は農民が抑圧された暗黒時代だった、と思っていました。大学に入って、別の色んな知見にふれるようになると、疑問が起こりました。習ったことは本当か?
NHKの名番組『お江戸でござる』は江戸時代の庶民の生活を描き出し、秀逸でした。今は亡き漫画家の杉浦日向子さんが、江戸の習俗について楽しい解説を行い、毎回楽しみに見ていたことを思い出します(杉浦さんの新作が出ないことを思うと、とても残念です)。

現在では、明治期になって歪められた日本人の価値観に大きな疑問を感じるようになりました。例えば、男尊女卑は明治になって武家社会的な価値観を政府が国民全体に広げたものですが、今では日本の伝統的価値観と考えられています。そもそも、江戸時代の庶民は結婚と離婚を日常的に行っていて、妻が夫に一方的に服従するなどと云うことはむしろ少なかったと思われます。
「三行半」(みくだりはん)という言葉は、現在では夫が妻を強制的に離縁する時に使われますが、江戸時代の使われ方はその反対で、夫婦が結婚するときに、役所が夫に書かせて妻にもたせた書状です。そこには、「私は妻を離縁したので、今後一切元妻に対する権利主張を行いません」という意味のことが書かれています。つまり、妻はいつでも好きなときに夫と離婚できたというわけです。現在のシステムよりよほど進んでいます。

悲観的な人にどう声をかける?

物事に対して前向きになれず、絶えず悲観的な考え方をしてしまう人に、どのように声をかけたらいいのだろうか。
 自分の経験では、悲観的なときは、数多くの「べき」に囲まれて身動きがとれなくなっている。あれをしろ、これをするな、規則を守れ、決定事項に従え、といった「何々すべき」の通りに行動できず、できない自分を責めるのだ。
 楽観的・前向きのときは、「べき」のことはほとんど頭にない。あれがしたい、これがしたい、こうしたら面白いんじゃないか、とワクワクしている。今は、ぼく自身は(なんとか)前向きの状態を保っている。
 では、後ろ向きな人にどう云えばいいのか。一つ分かっていることは、叱ってもダメだということ。ぼく自身、自分の欠点を直せといわれて元気になったことなどない。まして、会議の場でそれを云われるのは辛い。ますます、自分はダメなんだと思ってしまう。
 あなたならどう云う?

アイディアを生み出すために

大学2年の頃、広島大学総合科学部初代学部長で、当時県立広島女子大学学長だった今堀誠二先生(故人)に、総合科学部創設のいきさつと理念についてインタビューしたことがある。総合科学部報『飛翔』に2回に分けて連載記事を掲載した。
 今堀先生は、アメリカのリベラルアーツをモデルとし、複数の分野を専攻することにより新しいアイディアや発見を生み出す人材を育成することを目的としていらした。現実の総合科学部がそのように機能していたかどうかは別として、そうした理念の下に創設された学部に在籍することを誇りに思ったものだ。

 発見というのは、多くの場合、ある物事を別の視点から見ることによって生まれる。一つの専門だけを掘り下げていくだけでは、新しい視点がないので発見は難しい。
 だから、アイディアを生み出すためには、学ばなければならない。一つでなく、複数の事柄を学ぶ必要がある。
 アイディアが生まれるためには、リラックスしなければならない。緊張状態に置かれているときにはアイディアが生まれることはない。追いつめられた人は頭が真っ白になるだけだ。
 そして、アイディアを生み出す人は、学ぶことを楽しむ人だ。それは人生を楽しむことでもある。アイディア豊かな人は文化の遊びを知っている。

鉛筆の画家・木下晋と元ハンセン病患者で詩人の桜井哲夫

NHK日曜美術館は鉛筆の画家・木下晋。元ハンセン病患者で詩人の桜井哲夫さん(故人)との交流を描く。
 木下氏の絵は、一見、美しいと思えるものではない。描く対象は老人で、鉛筆書きのモノクロで、皮膚に刻まれた深いしわをリアルに描いているからだ。しかし、彼がモデルと向き合っている時の思いについて知ることができたおかげで、作品の中に息づく生命の輝きを少し理解できた気がする。
 20年くらい前、岡山県にあるハンセン病患者療養施設を訪ね、いろんな意味で衝撃をうけたことを思い出した。
 再放送は6月3日(日)20時。

番組のページはこちら:
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2012/0527/index.html

桜井哲夫さんの詩がいくつか紹介されているページはこちら:
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/notice/sakurai_tetuo.htm

イケメン僧侶、ヘッドハンター、婚外恋愛と不倫

朝日新聞の土曜版「be」。楽しみに読んでいる記事が3つある。
 一つは「結婚未満」。結婚を希望している人を取材している記事。
 今回は男性、37歳の僧侶。住職ではないので、様々な場所で活動している。東日本大震災後に遺体安置所で家族を捜す人々を見続けていたら「私も捜してもらいたい」と思ったという。さて、このお坊さん、記事には書いてないけれど、イケメンらしい。10代から20代半ばまでは年上の女性と何人も恋愛し、ホスピスでは同僚の看護師、教育関係者の女性などと関係をもった。人に多く会う仕事だし、結婚につながる縁もあるのではないか、と楽観的に考えている。
 うーん、どうもね、モテる男性って(多分女性もだけど)いつでもチャンスがあるし、今の女性よりもっといい人が現れるのではないか、と考えて、結婚に踏み切れないのではないか、という気がする。

2個目は「はたらく気持ち」。
 今回は、ヘッドハンターに声をかけられたことをきっかけに、そのヘッドハンティング会社に転職してしまったKさん、38歳、男性。様々な業界のトップクラスの人材と会えることが転職の動機。多くの出会いが自分を成長させると思ったのだという。彼が学んだポイント。
 (1) 本当に優秀な人たちは、難しい内容も素人に短時間で分かりやすく伝える力を持っている
 (2) 何か特別なことではなく、一般的な成功哲学を実践しているだけ
 なるほど。

最後は「悩みのるつぼ」。
 これは連載が始まったときからずっとた楽しみに読んでいるコラムだ。週替わりで人生経験豊富な回答者が読者の悩みに答えるというもの。今回の回答者は、一番好きな社会学者の上野千鶴子さん。
 質問者は19歳の学生さん。「婚外恋愛」は「不倫」の遠回しな言い方で、ごまかしである。一つの関係を清算してから次にとりかかるのが、恋愛のみならず人間関係のルールではないか、という。
 上野さんの答え。彼女は、結婚とは「たった1人の異性に排他的かつ独占的に自分の体を性的に使用する権利を生涯にわたって譲渡すること」と定義している。自分はそんな契約は守れそうもないので、一度も約束しないできた。そもそもセックスの相手をおクニに登録して契約を結ぶ必要なんてない。そうすれば「婚外恋愛」も「不倫」もなくなる。これが根本的な解決だ。
 いつもながら切れ味の鋭い見事な答えである。ぼくの場合はまったく別の理由で事実婚にしているが、おクニに登録する必要などないという点は全く同感だ。そもそも戸籍という家族単位の登録制度は徴兵制を敷くために明治政府が作ったもので、この制度があるのは日本と、過去に日本の植民地だった地域と中国だけである。他の国は住民登録しかない。「入籍」という言葉がやたら流行っているけれど、結婚はしてもいいけど入籍はしたくないな、と自分は思う。あ、結婚(事実婚)してます、念のため。

理不尽について

今日の出来事とは何の関係もないけど、人生というのは、時に非情なまでに理不尽なことがある、と思う。
優しい人は苦しむ。理不尽な配偶者、理不尽な義父母、あるいは病気、あるいは災害のために。自分が傷つけられたのと同じだけ相手を攻撃すれば、相手も傷つくと想像してしまうから。だけど、多くの場合、相手は傷つかない心の持ち主なのだ。
そして、病気。なぜ、こんな心根の優しい人が難病に苦しまなければならないのだろう、と思ってしまう。そんな病気には悪いやつがかかればいいのに。そうはならないのだよね。
苦難に負けない心を得るために、ぼくらは大きな犠牲を払うことがある。苦難も犠牲も人それぞれだけど、共通のしなやかさがそこにある。

カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本を追い込む5つの罠』

日本を追い込む5つの罠カレル・ヴァン・ウォルフレンの『日本を追い込む5つの罠』(角川書店)読了。現在の日本と世界の状況を理解するための良書。

 過去には国民皆が豊かで、民主主義のモデルとして世界の憧れの的だったアメリカが、現在は富の40%を人口の1%が独占し、労働者の平均所得は貧困レベルをわずかに上回るに過ぎないという実態。
 信用格付け会社による恣意的な格付けを元に、EU各国政府の返済能力以上の国債を大量に引き受けたヨーロッパの巨大銀行。銀行のビジネス上の失敗が、ギリシャ、スペイン、イタリアなどの政府ひいては国民に押しつけられているという現実。そして、銀行は責任を逃れるだけではなく、貧しい諸国民を犠牲にして救済されているのだ。
 これらは、レーガン、サッチャー以降に欧米の経済イデオロギーが新自由主義に塗り替えられてしまった結果として引き起こされたことだ、という。
 アメリカの軍産複合体は冷戦が終わった後も「敵」を作り続ける必要があり、彼らの利権のために絶えず不必要な戦争が引き起こされている。

 これら、アメリカとヨーロッパに比べると、日本の状況はずっとましだ、と著者は言う。日本の国債はそのほとんどを国内の民間部門が引き受けていることは、その一つの要因だ。また、アメリカの経済と政治を牛耳っているのはヘッジファンドだが、日本の経済をリードしているのは製造業だということも挙げられている。

日本がアメリカとヨーロッパがはまった罠に陥らず、社会を再生していくことを著者が強く希望していることに強い感銘を受けた。

【目次】
・序 アメリカ、EUの危機と日本の”罠”
・第1章 TPPの背後に潜む「権力」の素顔
・第2章 EUを殺した「財政緊縮」という伝染病
・第3章 脱原子力に抵抗する「非公式権力」
・第4章 「国家」なき対米従属に苦しむ沖縄
・第5章 権力への「無関心」という怠慢

自分を好きになること

自分のあるべき姿=「理想像」の方から今の自分の姿を見たら、あれが足りない、これが足りない、と思います。欠点ばかりでいやな気持ちになります。自分が嫌いになるかもしれません。
反対に、もともと何ももっていない状態から見たら、とてもたくさんのものをもっていることに気づきます。

自分の中にあるものは、たとえば、仕事のスキルがあること、趣味があること、たくさん練習してきたこと、料理ができること、試練を乗り越えてきたこと、愛したこと、悲しんだこと、喜んだこと、人を思いやる心、思い出、などです。
自分の周りにあるものは、たとえば、親、配偶者、子ども、友達、同僚、サークル仲間、住む家、仕事、などです。

視点を変えて見れば、自分がいかに多くのものに恵まれているかが分かります。そして、そのうちの大きな部分は、自らの努力だけでなく、他者とのつながりの中で与えられているものです。そのつながりの中で、あなたも他者に与えているものがあります。だから、「お陰様」なのです。

こんな風に考えると、自分のことも、周りのことも、かけがえのない、大切なものに思えてきませんか。

実用書は読まない

今日、買った新書。

1. カン・ヒボン『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の世界』
2. カレン・ヴァン・ウォルフレン『日本を追い込む5つの罠』
3. 中村仁一『大往生したけりゃ医療と関わるな』
4. アルボムッレ・スマラサーナ『これでもう苦しまない』

1と3はタイトルで内容が分かると思いますが、2は経済書、4はスリランカ上座部仏教長老による仏教解説書です。

ぼくはすぐに役立つ実用書は基本的に買いません。小説も滅多に買いません。世界を理解するための視座を提供する本、人間や人生を深く理解するための本を選ぶことが多いです。

平等な夫婦という実験

先日、26回目の結婚記念日を迎えたが、納品前の深夜残業ですっかり忘れていた。しっかし、長いなぁ、26年。結婚したことそのものよりも、これだけ長い間、一緒に暮らしていることの方が不思議な気がする。

当初から、自立した、男女平等の夫婦というものをめざしていたので、ロールモデルになるような先輩はなく、手探りでかたちを作ってきた。家事育児を夫婦が平等に分担するとなると、どうしても押し付け合いが生じ、口論になってしまう。

夕食については、早く帰宅した方が作り、作らなかった方が食器を洗う、というのがうちの不文律となっている。それ以外の家事は気づいた方、というか、我慢できなくなった方がやることが多い。

多分、昔ながらの亭主関白は男にとって居心地の良いものだろうし、役割分担をどうするかなどという面倒なことを考えなくて済む点は女性の側にもメリットがあるのだろうと思う。誰もやらなかったことをやるのは、細かなルールをいちいち考えたり決めたりしなければならないので、手間がかかるし、喧嘩の原因にもなる。

ともあれ、人生なんて、どのみち実験なのだから、これも一つの実験だし、ひょっとしたら他の誰かの役に立つかもしれない。なんてことを考えてみた。