長尾さんの証言

今日は、バー・スワローテイルで毎月6日夜に開かれている被爆証言を聞く会に参加しました。数えたわけではないのですが、20数人の参加者がいたと思います。

証言をしたのは長尾なつみさん。高等女学校3年生、14歳の時に被爆されました。場所は学校の校庭、爆心地から南東に1.4kmの地点でした。

顔と手足に大やけどを負い、腕の皮膚は爪の先から垂れ下がっていたといいます。鶴見橋を通り、不自由な体で比治山を歩いて越え、段原国民学校の講堂に避難。3日目に探しに来てくれた父親と再会し、戸河内の実家に連れ帰られたそうです。髪の毛は焼かれてなくなり、顔は赤黒いかさぶたに覆われ、腕は固まって曲げることができませんでした。一時は自暴自棄になったが、こんなことではいけないと気づき、前向きに腕の回復(リハビリ)に取り組むようになったそうです。

広島で4年間、東京で3年間服飾専門学校に通った後パリに留学。日本から来た森英恵氏に出会い、帰国後、森氏の元で13年間働いたそうです。その後、広島に就職口があり、こちらに戻ってきたということでした。

被爆から比較的早い時期に市内から環境の良い田舎に移り、ご両親の献身的な看護があったため、命を落としても不思議ではないほどのやけどを負ったにも関わらず奇跡的な回復を遂げられたのではないか、と感じました。いや、それにもまして、「わたしは絶対死なない」というご本人の強い意志が大きな役割を果たしたはずと思います。

大やけどで思い出すのは、山岡ミチコさん、坪井直さん、久保浦寛人さんなどの方々です。一人一人の被爆状況は違っていますが、どの方にも被爆による身体の障害を乗り越えて、前向きに生きるきっかけになった出来事があります。

被爆体験は、人類共通の未来からのメッセージです。また、戦争という暴力で問題解決を図ろうとする国々に対し、許しと和解の重要性を訴えるものでもあります。自分がどのように伝えていけるのか、もう一度考える機会になりました。

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